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キリキリソテーにうってつけの日

海外文学/世界文学の感想ブログ。

『塩の像』レオポルド・ルゴーネス

 というのも、これは疑いもなく、世にも稀な光景だからである。白熱した銅の雨! 炎に包まれる街! ——レオポルド・ルゴーネス『塩の像』

黙示録の光

 先日の飲み会で、「バベルの図書館」の話が出たので、「バベルの図書館」シリーズについて書こうと思う。「バベルの図書館」はボルヘスが編纂した幻想文学全集で、古今東西の怪奇・幻想短編集を収める。ボルヘスはルゴーネスを敬愛し、『創造者』の序文でその死を悼んだ。
 ルゴーネスの作品は、白黒のサイレントムービーのようだ。黙示録のような世界の中に一瞬、閃光が放たれる。それは不気味にかがやく獣の瞳であり、ナイフのような秘密の言葉であり、世界を終末にいざなう火の雨である。どの物語でも、話の筋全体よりもある一場面だけが、強烈に記憶に残る。以下、各編の感想。気に入ったものには*。


ルゴーネス―塩の像 (バベルの図書館)

ルゴーネス―塩の像 (バベルの図書館)

「イスール」
 ルゴーネスは遡及の発想でもって猿を見る。「猿から進化して人になったのではなく、話さなくなった人が猿になった」。猿に言葉を教えるマッドサイエンティストの心情はある意味、恋愛感情に近かったのでは。知性が発達するほど人の命令に従わなくなるのは、けっこう示唆的。

「火の雨」
 ある日まったく唐突に、燃えさかる銅の雨が町に降り始める。ソドムとゴモラを彷彿とさせる、世にも退廃的で美しい「この世の終わり」。火の雨がやんだつかの間に「人々が互いに訪問し合い、酒を酌み交わす必要を感じていた」という描写は、なんとなく分かる気がする。阿鼻叫喚と静寂、焼死する人々にライオンの群れ、灰燼に帰す町並み。そんなモノクロームの世界の中で、燃える雨の色がひたすら鮮烈だった。一度読んだら忘れられない。これは傑作。
「塩の像」
 ソドムとゴモラが終末をむかえた瞬間を見て、塩の像になった女性が生き返る。彼女は何を見たのか。男は何を聞かされたのか。真実を聞きたいと思う気持ちは分かるけれど、男はこの結末を予感していたのだろうか。真実は闇の中。
「アブデラの馬」
 「イスール」と同じ、馬が知性を持つ物語。馬と人間の幸せなハネムーンがいきすぎて、知性を得た馬が人間に反乱を企て、アブデラは戦争状態に突入する。馬は人間の戦争史の中でいつも重要な役割を果たしてきたが、馬と人間が戦争を起こすというのはちょっと読んだことがなかった。おそらくコミカルに書いたらいくらでもコミカルになる話なのだろうけれど、どまじめな神話のように描いてしまえるのがルゴーネス。オチが無駄に派手。

「説明しがたい現象」
 ルゴーネスは人と猿を区別しないのだろうか。宿を借りた主人が語る、世にも奇妙な話。影が動かないとか、時折さまよう目線とか、クラシックな怪奇小説の雰囲気をたずさえた一作。これもやっぱりオチの印象がすごい。

「フランチェスカ」
 ダンテ『神曲』からモチーフをとった作品らしい。ボルヘスは「『神曲』を読まない人間は人生を損している」というほど『神曲』を愛しているが、いまいち『神曲』のノリについていけない私はやっぱり本作ものりきれなかった。結ばれない運命にある男と女が、月の中で愛を確認するシーンは美しかった。この絵画的な美しさは、たしかにダンテっぽいかもしれない。
「ジュリエット祖母さん」
 恋愛やら家族愛やら、きちんとカテゴライズできる「愛」がある。一方、名づけえぬ感情、まさに愛としか言いようのない割り切れない心がある。私はこの「名づけえぬもの」がとても好きだ。伯母と甥という親族関係を承知しながら、ひそやかに感情を抱きあう。互いに心に秘めて話さないまま、髪が白くなってしまったふたりの関係、絶妙な会話がよかった。なんというか、胸にせまる。


「バベルの図書館」シリーズ


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Leopold Lugones La estatua de Sal,1980.