キリキリソテーにうってつけの日

海外文学/世界文学の感想ブログ。

『ペンギンの憂鬱』アンドレイ・クルコフ


[氷山の一角]
Андр?й Юр?йович Курков Смерть постороннего,1996.

ペンギンの憂鬱 (新潮クレスト・ブックス)

ペンギンの憂鬱 (新潮クレスト・ブックス)

この国も奇妙なら、ここの生活も奇妙だ。でも、なんでそうなのか理由を知りたいとも思わない。ただ生きのびたいと思うだけだ……。

 ロシア語で書くウクライナの作家による、不可思議な悲喜劇。

 なぜペンギンなのか。読みながらずっと思っているんだけど、真っ先にどうでもよくなる。なぜならもっと変なことはいっぱい起こるし、憂鬱症のペンギンのミーシャはかわいいからである。

 冴えない小説家ヴィクトルの生活は、ペンギンの訪れが直接の原因ではないにしろ、なにかしらの引き金となって、気がつけばものの価値やら感覚やらがどうしようもないほどに変わってしまう。

 家の鍵は破られる、大金と少女が置いていかれる、発砲事件が相次ぐ……まるでへたくそな冗談のような世界が、つつましくも平穏だった日常をのっとっていく。そこにまた、閑話休題といったようにペンギンの描写が入ってきて、いい感じに話の腰をばきりと折る。緊迫した場面で、ミーシャがぺたぺたと歩いている光景を想像すると、なんだか気が抜けてがっくりとなる。

 たぶん私たちの日常は、南極の氷山のようなものかもしれない。別に急に世界が変わってしまったわけではなくて、水面下にはいつもあった知らない世界が、自分の日常に侵食してきてしまう。なんともキナくさい話である。ウクライナの世情を考えると、こうした冗談のようなことは、本当に起こり得ることなんだろうと思う。(なにせ、大統領の顔が変形する国だ)

 元ロシア領の冗談のような危うい日々を、ユーモラスに描いた作品。そんな世界で、人もペンギンも、独りで呆然と立ち尽くしている。


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