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キリキリソテーにうってつけの日

海外文学/世界文学の感想ブログ。

『贖罪』イアン・マキューアン

[彼らにキスを]
Ian McEwan ATONEMENT , 2001.

贖罪〈上〉 (新潮文庫)

贖罪〈上〉 (新潮文庫)

贖罪 下巻 (2) (新潮文庫 マ 28-4)

贖罪 下巻 (2) (新潮文庫 マ 28-4)


 物語をつむぐ作家の罪と、つぐないの話。物語を追わずにはいられない作家が、物語を語ることによって犯した罪と、その罪をつぐないたいという思いから語られる二重構成。小説好き、作家志望の人には、なかなか突き刺さる話ではないかな、と思う。

 主人公のブライオニーは、作家を目指す空想癖の強い少女。彼女は事実をつないで、自分の中で物語を作り出す。筋と整合性を求めて作り出した自分の物語のせいで、ブライオニーは姉とその恋人の人生を狂わせてしまう。

 作家は、物語を求めずにはいられない。日常の中で物語を探し、ストーリーを作りあげ、語りだす。それはもう習性で、無邪気な罪は悪意のある罪より悲しい。

 物語によって壊してしまった二人の恋人のために、作家となったブライオニーがした「つぐない」。それが本編の物語になる。

 「神が贖罪することがありえないのと同様、小説家にも贖罪はありえない―」
 そうブライオニーは語る。だけど自分のしたことを思い返して、「こうならなかったら」と願わずにはいられない。2人の恋人の最後の場面が、ブライオニーの望んだ姿で、架空だとわかっているからこそ、そのシーンは本当にせつない。

 作家ってなんなんだろう。そんなことを考えさせられる本だった。作家は、どんなに客観を描こうと思っても、描ききれないという事実を、あらためて提示された小説。「衝撃の結末」というほどではなかったけれど、構想がじつによく作りこまれていてうまい。自分のやっていることの限界をたんたんと指し示しちゃうあたりが、マキューアンの魅力かな、と。

 物語で人は罪をつぐなえないが、願うことはたぶん罪ではない。


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