キリキリソテーにうってつけの日

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『ジョン王』ウィリアム・シェイクスピア


 このように太陽が天に輝き、この世の楽しみが、
 いたるところに目につく誇らしげな真昼間は、
 あまりにも浮き浮きし、あまりにもけばけばしくて、
 どうも話がしにくい。

—ーウィリアム・シェイクスピア『ジョン王』

揺れる王

 ジョン王(1167-1216)は、イギリスの歴代王の中で最も人気がない王であるらしい。父王から土地を譲られなかったために「土地なし(lackland)」と呼ばれ、かつ即位してからはフランスとの戦争で領地を大幅に失ったため、「失地王」「欠地王」という不名誉なふたつ名がついた。対する兄リチャード1世は、獅子王と呼ばれ、十字軍で活躍している(しかしそのために早死にした)。ジョンは、人気のある兄の影にひそんだ弟、という構図でもある。

 ジョン王が王位についてから、フランス王と戦い、ローマ教皇に破門され、死ぬまでを描いた劇である。シェイクスピアの史劇に登場する王は、忘れがたいほど個性が強いか、いるかいないかもわからない存在であるか、比較的はっきりと別れることが多いが、ジョン王は後者のタイプだ。
一言では言いあらわせない、なんともつかみにくい性格をしている。フランス王との戦いに決意を示したかと思えば、いち市民の呼びかけに心揺れて和解を考えるし、兄王の王子を暗殺すべしとの命令を発するのに、いざ王子が死んだと報告されれば「なぜそんなむごいことをした」と部下を避難するのだ。水面をすべる木の葉のように、王は揺れる。

 うむ、わかっておる。
 ヒューバート、ヒューバート、ヒューバート、その目を
 向こうにいる子供に向けてくれ。友人であるおまえに
 うちあけてしまおう、やつこそはおれの行く手をさまたげる
 毒蛇なのだ、おれがどこにこの足を踏み出そうと、
 やつがその足もとにわだかまるのだ、わかるか?
 おまえはやつのお守り役。
ヒューバート しっかり守ります、
 けっして陛下の邪魔はさせません。
 死だ。
ヒューバート え?
 墓だ。
ヒューバート 生かしてはおきません。

 ジョン王は戦争で大陸側の土地をほとんど失い、ローマ教皇にけんかを売り(じつはこのシーンはジョン王の批判が格好いいのだが)、王の権限を大幅に制限するマグナ・カルタに署名した。獅子王のようにみずからの力と血でもって切り開くのではなく、ジョン王は激動する環境の変化に揺られる王であった。
 しかし、多くの動乱の時代において、よほど勇猛な王でないかぎりは、ジョン王のように振り回されるのがあたりまえだとも思う。この劇で唯一、英雄らしい資質を持っているのは先王の私生児だが、彼が王になることは決してない。また、彼は王位を狙いもしない。
 漠とした印象のまま読み終えたのだが、不思議とジョンに対するマイナスの感情は抱かなかった。最も不人気、と呼ばれるほどの理由がこのジョン王には見当たらない。よくも悪くも、本当に普通なのだ。
 いくら王といえど、ひとりの人にすぎない。ジョン王は威厳のない王だが、だからこそ妙に生々しくも感じる。ジョン王の姿を見て、近くにいる誰かを思い出す人は、けっこう多いかもしれない。

William Shakespeare"King John",1594-96.

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