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キリキリソテーにうってつけの日

海外文学/世界文学の感想ブログ。

『フェアプレイ』トーベ・ヤンソン


[愛ある孤独]
Tove Marika Jansson Rent Spel, 1989.       

フェアプレイ (トーベ・ヤンソン・コレクション)

フェアプレイ (トーベ・ヤンソン・コレクション)

 なんとまばゆいばかりのご明察。いいかげんわかってほしいわね、わたしはいま遊んでいるんだと。それにこのまま遊びつづける気なんだけど。なにか文句でも?


 東京に雪が降った。朝に飲む水が冷たい。というわけで、トーベ・ヤンソンコレクションを読もうと思う。

 自由であること、そして孤独であること。トーベ・ヤンソンは、さまざまな作品群の中で、このふたつを追い求めた。本書には、ふたりの女性の芸術家が登場する。ヨンナは彫刻家で、マリは小説家。マリはトーベ自身、ヨンナは相棒にして恋人だったトゥーリッキ女史がモデルだろう。

 彼女たちは、それぞれの視線で、お互いと世界を見つめている。どんなに長く一緒にいても、通じ合う部分もあればそうでない部分もある。その距離感の描き方、トーベは抜群にうまい。彼女たちの関係は、孤独な世界を持つ惑星のように、互いに引かれながら、一定の距離を保ってまわり続ける。


 彼女たちふたりのさまざまな日常の断片は、自由気ままで偏屈でおもしろい。孤島での生活、ヘルシンキのアパートでの生活、いろんな場面が浮き上がっては消えていく。ちっとも大人びていない(いい意味でも悪い意味でも)ふたりが、喧嘩して、意地をはって、冷静に世界と他者を見ている。とことん「芸術家の目線」であるところがいい。社会性? なにそれバルト海に浮かんでるの? みたいなあっけらかんとした雰囲気も。

 ふたりの、お互いに分かっているようでいて、ずれこんでいる会話が好きだ。理解しあうことは難しい。自分の世界を持っている人間は特に。でも、ふたりは一緒にいることができて、別れることもできる。凝り性も孤独の引力も、大好きなんだよなあ自分は、と改めて考えた。ちょうど自分が制作期間中だから、よけいにそう思ったのかもしれないけれど。


 世界への視線と孤独、触れ合うことと別れることについて、わたし自身のひどく個人的な記憶を思い出しながら読んだ。愛ある孤独を知り、人生を悪ふざけについやす彼女たちに、強い敬意と憧憬を抱えている。私が人生に望むことといえば、相棒と一緒にゆかいに暮らすこと、ただそれだけだからだ。
 フェアプレイ、いい言葉だ。読んだ後、無意味に窓を開けたくなった。


トーベ・ヤンソンの作品レビュー:
『トーベ・ヤンソン短篇集』
『少女ソフィアの夏』
トーベ・ヤンソンコレクション


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