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キリキリソテーにうってつけの日

海外文学/世界文学の感想ブログ。

『サラゴサ手稿』ヤン・ポトツキ

[異形だらけの千夜一夜]
Jan Potocki Manuscrit trouve a Saragosse,1804?

世界幻想文学大系〈第19巻〉サラゴサ手稿 (1980年)

世界幻想文学大系〈第19巻〉サラゴサ手稿 (1980年)


 『サラゴサ手稿』の完訳版はいつ出るのだろうか。いつか出るはずだ、もうすぐ出る、実は出ていた、と思ったら幻想だったといったうわさが飛び交っている。さすが幻の作品と言われるだけのことはある。もうそろそろ、海外文学読みの時候の挨拶になるかもしれない。例えば、「こんばんは。今宵は月がきれいですね。ところで、『サラゴサ手稿』の完訳はいつ出るのでしょうね?」みたいに。


 8カ国語に堪能なポーランドの奇才が残した、幻想・異形版『千夜一夜物語』。スペインの騎士 アルフォンスが出会った奇妙奇天烈な怪奇譚を、「第一夜」から「第六十六夜」まで語る(国書版では「第十四夜」まで訳出)。アルフォンス青年の物語が軸となりつつ、誰かから聞いた話、その誰かが誰かから聞いた話と、入れ子状態で物語は進んでいく。
 このおもしろさは、いったいどこからくるのだろう。右を向いても左を向いても、寝ても覚めても、異業の者しか出てこない世界だからだろうか。それとも、異形の者にとり囲まれているにもかかわらず「異形なんていない」と言えるアルフォンス青年の超然とした姿勢に惹かれるから?


 アルフォンス青年の変なまじめさとマイペースぶりはなかなか特筆すべきものがある。美しい姉妹2人に「私たちを妻にして」と誘惑されて、寝落ちして目覚めてみたら、なぜか首吊り台の下にいて、しかもとなりに首をくくられた男の死体が添い寝していたとしよう。普通は「しまった化かされた」で終わりなのだけど、アルフォンス青年の場合はまた彼女らに出会っても「恐れるものか」と、普通に話をし続けているからすごい。まあ、次もお約束どおり首吊り台の下で目覚めるのだが、アルフォンス青年はこりない。「また首吊り台の下で目覚めないといいけど」とか「少なくとも死んでいなかったという満足感があった」とか、妙な適応力を見せさえする(幸せのハードルが下がりすぎている気がしないでもないが)。
 いかにもゴシック・ロマンらしく、美男美女が勢ぞろいして華々しさがあるものの、だいたい彼らは人間じゃないところが『サラゴサ手稿』がサラゴサたる所以だろう。美女と官能の夜を過ごしたと思ったら男の腐った死体だったり、死体が食べるディナーが骨の間から床にぼたぼた落ちたり、ひどいシーンがたくさんあるが、それでも皆ちゃんとごはんを食べて寝る。とても不健康な雰囲気が満載なのに、変なところで健康的だからおもしろい。


 正義や倫理を絶えずひっくり返して意味を換骨奪胎させていく手さばきは、セルバンテスの『ドン・キホーテ』を彷彿とさせる。人のふりして異形、異形のふりして生身、いややっぱり異形。正義という名の殺人、強盗という名の英雄。ぐるぐるぐると価値観は回る。
 結局、誰がどうなったのか? 続きが気になるところでぶつんと物語は終わって生殺し。内容的には☆5つをつけたいところだけど、なんせ4分の1しか読んでいないので☆4つにした。本当にもう、なぜ未完なんだ! 英語で読んでしまおうかと悶々する今日このごろである。
 

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