『ブルターニュ幻想民話集』アナトール・ル=ブラーズ
プレスタンに住んでいた老人が、ある盤、ドゥーロン川の土手で一人の女と出会いました。お女は土手に腰かけ、川を見つめていました。過疎の村ランムールを去ってラニオンへ行く途中でした。
女は、「ねえ、おじいさん! 私を型に乗せてこの川を渡していただけないかしら? お礼ははずむわ」と叫びました。見知らぬ女でしたが、頼みに応えることにしました。
女を肩に乗せて川に入りました。しかし進むほど肩に重く伸しかかってきます。流れは激しく、とうとう我慢できずに、「もうだめだ。あんたを手放しますよ。溺れ死にたくはないんだ」といいました。
「お願いだからそれはやめて。それだったら引き返して頂戴」
「分かった」
岸が近くなるに従って女が軽くなったので、大した苦労ではありませんでした。
こうしてラニオンの町はペストから守られたのです。もし老人が川の真ん中でおぞましい妖精を放り投げていたら、この疫病は世になかったことでしょう。
「肩に乗せてペストをもってきた男」 (話し手、我が父、N=M・ル・ブラーズ)
川のほとりに死神
フランスの柳田國男ことアナトール・ル=ブラーズが収集した、ブルターニュに伝わる「怪奇民話」97話。
フランスの北西部ブルターニュ地方は、ブリテン島からやってきたケルト人の末裔ブルトン人が暮らす土地だ。人々はブルトン語を話し(今ではフランス語がかなり通じるらしい)、言語も風俗もフランスのそれとは異なる。
死者や死神、悪魔らが跋扈するケルト世界と、カトリックの信仰世界が、時にぶつかり時に混じり合う。キリスト教に死霊や死神は出てこないはずだけど、ブルターニュ民話はおかまいなしにまるっと融合させている。
- 作者: アナトールル・ブラーズ,見目誠
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あとは、神父がエクソシストさながらに大活躍していて、死神の撃退法に精通していたり、死期を言い当てたりするのが印象的だった。ブルターニュでは、神父=村のおばば的な位置づけのようだ。そこらへんも、単なるキリスト教的な道徳ものとは一線を画していてゆかい。
今の世界で、「死」は日常の遠い向こうに追いやられている。いつでもどこでも人は死んでいるし、自分もいつかは必ず死ぬ。だが、墓や葬式場が遠く、死はブラウン管の向こうに存在するばかりの日常において、この事実に気づく機会は少ない。一方、ブルターニュの物語には死が満ち満ちている。川のほとり、ひきだしの中、祭りの中央、教会の裏側……死はどこにでも存在する。
おそらく人の世は、本当はこういう姿なのだ。アンクー(死神)はどこにでも、誰の元にも表れ、ひとしく命をかすめ取る。ブルトン人は、比較的あっさりと死そのものを受け入れる(キリスト教徒としてきちんと死ねないことの方が、彼らにとってはおおごとだったようだ)。死を思え、命は有限なのだからと、アンクーがからからと乾いた骨鳴らして笑っているように思った。
「フランス版遠野物語」という触れこみが気になったので読んでみたけれど、もともと民俗学や民話が好きなせいもあって楽しく読めた。もっとも、おしらさまやマヨヒガといった強烈なモチーフ、一寸先のオチがまったく読めない感じなど、物語としては『遠野物語』の方がおもしろいかもしれない。つくづく日本民話はあなどれないと思うのであった。
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- 作者: アナトール・ル=ブラース,後平澪子
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Anatole Le Braz La L〓gende de la Mort Ches les Bretons Armoricains,1923.