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キリキリソテーにうってつけの日

海外文学/世界文学の感想ブログ。

『アラブ飲酒詩選』アブー・ヌワース

中東文学 ☆☆☆

[飲めや詠えや]
 Abu Nuwas ابونواس‎ , 750–810.

アラブ飲酒詩選 (岩波文庫)

アラブ飲酒詩選 (岩波文庫)


 フランス語が愛を歌う言語なら、アラビア語は詩を歌う言語であるらしい。どこかで読んだ覚えのある、あいまいな記憶にすぎないけれど。
 イスラム圏は国土の多くに砂漠を有し、ゆえに人々は移動を余儀なくされた。「動く」生活の中、言葉以外になにも必要としない詩はもっとも身近な楽しみのひとつだったらしい。なるほどコーランの詠唱を聞いた時、すごく音楽的だなあと思ったことを覚えている。

 そんなわけで、アラブ飲酒詩選。ヌワースはペルシア生まれ、アッバース朝イスラムのバグダードで、ひたすら酒を飲んで歌った詩人である。大学図書館で、オマル・ハイヤーム『ルバイヤート』のとなりに配架されてあったので手に取ってみた。
 イスラム圏なのに「飲酒」詩選。ここまで堂々としていられると、「戒律はどうした」とかつっこみづらい。ハイヤームにしてもそうだが、禁酒をうたう文化圏において、酒の歌が広く愛されて今でも読みつがれているということがおもしろい。それにしても、同じ酒飲みでも、この二人のキャラの違いは一読に値する。

酒家の親父よ、かたいことを言わないでくれ。飲酒はタブーであっても、許されているようなもの」(「酒家の禿げた親父」より)

 はっきり「建て前」だと言い切るおもしろさ。

 ハイヤームは学者でふりきれた悲観屋らしい人生観を繰り出してくるが、ヌワースはもっと直球だ。酒を「魂の妹」と言い切り、「コーランの禁酒は新説です」とこじつけて、文なしになるまで飲んで朝酒でむかえる。びっくりするほどの呑んべえぶりだ。と思えば、「私は悪事の限りを尽くしてしまった。アッラーよ、お許しを、お恕しを、お宥しを」(「こまぎれの死」)と命乞いしてみせたりする。

 一貫してない、だからこそ妙に人間くさい詩集。この自由っぷりが、たぶん愛された理由なんだろうかと。


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