ボヘミアの海岸線

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『火葬人』ラジスラフ・フクス |ホロコーストという"慈善"

 「あいつはどうかしている。いつもこうなんだ。大虐殺の現場に連れていかれるとでも思っているんだ……」 ——ラジスラフ・フクス『火葬人』

ホロコーストという“慈善”

 心電図が停止しながらも生きている人間は、じつはけっこういるのかもしれない。心臓は動いているし、呼吸も排泄もするし、仕事や社交だってお手のものだが、心がまったいら。好き嫌いといった心のでこぼこを持ち合わせていないから、どんな枠組みにでもスライムのようにするりとはまってみせる。だからおうおうにして彼らは、きわめて常識があって模範的な人間であることが多い。

 普通であることを誇りにし、それを他者にも求める人間には気をつけるがいい。実在可能な哲学的ゾンビは模範的で、社会が求める“普通”で“善良”な人間の顔をしている。

 「この世界には、平和、正義、そして幸せがないとね」

火葬人 (東欧の想像力)

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