『ジーキル博士とハイド氏』ロバート・ルイス・スティーブンスン
彼らの言うことは一致していた。それは、その逃亡者が彼を目撃した人たちに言うに言われぬ不具という妙に深い印象を与えたということだった。——ロバート・ルイス・スティーブンスン『ジーキル博士とハイド氏』
身勝手であることの醜悪さ
あまりにも有名なこの物語を読むことを先送りにしていた。ようやっと『ジーキル博士とハイド氏』を手に取ったのは、彼がうまれた土地を訪れたからだった。そこは血と雨を吸って黒く染まった石畳と石造りの建物がうねる古都で、小さな霧が出れば風が、風がやめば霧が立ちこめ、町の外には中世と変わらぬ荒野が広がっていた。薄暗く頬をなでる霧のなかを徘徊していると、なにかを見失いがちになる。みずからを失った哀れな男の物語はここでうまれたのかと、奇妙に腑に落ちた。
- 作者:スティーヴンソン
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 1967/03/02
- メディア: ペーパーバック