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キリキリソテーにうってつけの日

海外文学/世界文学の感想ブログ。

『少年十字軍』マルセル・シュウォッブ

フランス文学 ☆☆☆☆

 いつも同じ黄金の面をわれらに向けるあの月も、おそらく暗く残忍な別の面をもつのであろう。……けれども予はもはやこの世の表面など見たくない。暗いものに目を向けたいのだ。

――マルセル・シュウォッブ「黄金仮面の王」

極彩色の幻影

 思い出したのはクリムト尾形光琳の黄金であった。
 絢爛という表現がふさわしいシュウォッブの世界には、鉱物のきらめき、赤と薔薇色の腕を狂わせて踊る炎、血にぬれた黄金仮面といった極彩色の幻影が乱反射している。かつての偉大な王の宝物殿に眠る古代地図や宝石が言葉を吐いたら、このような奇妙に煌めく物語を語り出すのかもしれない。

少年十字軍

少年十字軍

 シュウォッブの短編は、ただひとつの鮮烈なヴィジョンを燃えあがらせる。そのモチーフは世界の終末、ペストや阿片、死など、かならずしも美を彷彿とさせるものではない。しかし、美しいのである。「黄金仮面の王」「大地炎上」「眠れる都市」「リリス」「少年十字軍」はさまざまな形で崩壊をえがくが、この美しさは崩壊が内包する悲劇性よりもむしろ、崩壊がもたらす激烈なヴィジョンを詩の言葉で静止させ、惜しげもなくかき消すところにある。

 この天と地の炎上を前にしてひとつの遁走が行われた。二つのあわれな小さな体が低い窓づたいに滑り出て、もの狂おしく走ってゆくのである。腐敗した空気の汚れにもかかわらず、少女は美しい金髪で、眼は澄んでいた。
 ――「大地炎上」

 アジアの者は黄色い人間を抱きしめ、濁った蝋のサフラン色に変じた。そしてアフリカ人は黒い人をつかまえて、黒檀のように黒くなった。アトランティスの彼方から来た者は赤い人を抱いてマホガニーの像となった。ヨーロッパ大陸の者は白い人のまわりに腕をなげかけるや生蝋の顔色となった。
 ――「眠れる都市」

 「黄金仮面の王」は、十数世紀とじられていた遺跡の扉を掘り起こし、神話として再生させたような趣がある。王族や家臣がみな仮面をつけているというミステリアスな王国に、流れ者の賢者がやってくる。その盲目の男は、笑いの仮面をつけた道化が憂い、深刻な仮面をつけた神官が笑っていることを見抜く。「他者についてもご自身についてもなにひとつご存じでない」と男は告げ、そこで王ははじめておのれが何者であるか、人生とは何かを探り始める。

 「眠れる都市」はより夢のようで、幻想の霧に包まれた、短くも記憶に残る一編だ。海の荒くれ者たちは偶然漂着した島で、すべてが静止している「眠れる都市」を発見する。カルヴィーノボルヘスが好んだ永遠の空間を思わせるが、極彩色の幻影が立ちのぼるあたりは、やはりシュウォッブならでは。

 中世ヨーロッパの代名詞ともいえる出来事をあつかった「ペスト」「少年十字軍」、世界の終末という大事をただふたりの少年少女の青春にまで極限的に還元した「大地炎上」、ワイルド「サロメ」やポー「リジーア」を彷彿とさせるファム・ファタールの末路「リリス」。

 どの短編も筋じたいはシンプルで、奇をてらったようなところはなく、だからこそ言葉はこびが作品全体に冴えざえとわたってすばらしい。織りなす幻影の美しさは、やはり自身も詩人であった多田智満子氏の訳業によるところが大きいだろう。彼女が、シュウォッブを訳したことはまぎれもない幸福だ。

 19世紀末の詩人が放擲した言葉は、黄金細工の供物のように、輝線を描き、生贄の湖にむかって落下する。死に向かって突き進むものの背中は美しい。


収録作品(気に入ったものには*)

  • 黄金仮面の王***
  • 大地炎上**
  • ペスト*
  • 眠れる都市***
  • 〇八一号列車*
  • リリス**
  • 阿片の扉
  • 卵物語
  • 少年十字軍*

Marcel Schwob"La croisade des enfants",1896.

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