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キリキリソテーにうってつけの日

海外文学/世界文学の感想ブログ。

『イリアス』ホメロス

Homeros Ilias,B.C.8?

イリアス〈上〉 (岩波文庫)

イリアス〈上〉 (岩波文庫)

イリアス〈下〉 (岩波文庫)

イリアス〈下〉 (岩波文庫)

 両派の神々がすさまじい物音を立てて激突すると、広い大地は轟き、大空は当たりに高く鳴り響く。オリュンポスに座すゼウスはその音を聞き、神々が戦いを交えるさまを見て喜び、その胸の心が高笑いする。(第21歌)


 世界最古の物語と呼ばれる、ギリシア叙事詩。神々と人間が、同じ「世界」というるつぼの中で、ぐるぐると回っている。 
 原初の物語の豊穣さに、頭がくらくらした。まるで、古代遺跡のレリーフを読んでいるようだった。
 人も神も、愛する人が死ねば悲しみ、憎い相手には報復をする。時には剣を交え、時には心を交えながら、みんな生きて死んでいく。「人間とは何か」という問いへのシンプルな答えがあるような気がした。


 「トロイ戦争」を舞台にした、英雄たちにまつわる伝説である。登場人物の多さが目をひくが、中でも特筆すべき英雄が2人いる。アカイア勢の英雄 アキレウスと、トロイ勢の英雄 ヘクトル。物語はアカイアの王 アガメムノンアキレウスの激烈な口論から始まり、トロイの英雄ヘクトルの葬儀で幕を閉じる。
 そもそもトロイ戦争の発端が、非常に神話的だ。戦争は「増えすぎた人間を減らすため」という理由から、神々の手で始められる。オリュンポスの神々はどこまでも人間らしい。怒ったり泣いたり人間のような感情を持つ。しかし両者には絶対的な力の差がある。人の生き死には、神々の手のひらの上で踊らされるものなのだ。


 上巻はいろいろな人間の群像劇をしっかり書いているので、それほど疾走感があるわけではないが、下巻から一気に物語が動き出す。「オリュンポスからの介入」の展開がいい。トロイ戦争という盤上で「神々の戦い」と「人間の戦い」が同時並行で行われる。ゼウスは戦いの激しさを、天上から大喜びで見ている。ゼウスはなかなかのワンマンじいさんで、いかにも王者然としている。

 アキレウスの友人パトロクロスが、ヘクトルに殺害されてから戦いの激しさは加速する。ゼウスがトロイの味方をやめてアカイア勢に移るのも、戦うのをやめていたアキレウスが奮起するのも、パトロクロスが死んだ後のことである。ここが転換点となって、後の「トロイの木馬」伝説へつながっていくのだなあと思うと、なんだか不思議な心地がした。もっとも、トロイの木馬アキレウスの討死も『イリアス』内では語られないのだけれど。


 今の人たちとは、感情を発露する作法が違うことに驚いた。もっと笑えばいいし、もっと怒ればいいんじゃないのかなあ。もっとシンプルに。神話の世界に生きた人たちみたいに。


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