『タイタス・アンドロニカス』ウィリアム・シェイクスピア
William Sharekspeare Titus Andronicus,1594.
[涙も枯れ果てた]
- 作者: ウィリアム・シェイクスピア,小田島雄志
- 出版社/メーカー: 白水社
- 発売日: 1983/10/01
- メディア: 新書
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ああ、この光景にひどい深傷を受けながらなお
この忌まわしいいのちは消えはてようとしない。
死はこんないのちでもいのちと呼ばせておくのか、
息をするほか能のないこんないのちでも!
ローマの将軍 タイタス・アンドロニカス一族をめぐる、壮絶なまでの流血沙汰。シェイクスピア劇の中で最も残酷な作品といわれる。読書中、どす黒い血だまりが眼前をちらついて、血の匂いにむせかえるような錯覚に襲われた。
タイタス将軍の一族と王族の、血で血を雪ぐ復讐劇である。復讐の残虐性も、悪役の異常ぶりも、この作品は他の復讐劇に比べて際立っている。事の発端は、ゴート族を制圧したローマ帝国の敬称問題から始まる。戦争で失った息子たちの弔いのために、タイタスはゴート族の王子を切り刻むことを許した。すべての始まりはここからあった。息子を殺された恨みを持つゴートの女王は、ローマ皇帝に取り入って妃となり、タイタス一族に復讐を開始する。
五体の切り刻みから始まった血の因縁は、名前のつく登場人物ほとんどをなぶり殺しにしていく。タイタスが片腕を落として懇願したにも関わらず、息子2人は斬首され、タイタスの娘は陵辱された上に舌と両腕を切り落とされた。子供たちの受けた仕打ちに対して、タイタスは笑い出す。
タイタス ハッ、ハッ、ハッ!
マーカス 笑うのですか? そんな場合じゃないでしょう。
タイタス しょうがないだろう、おれにはもう一滴も流す涙はない。それにこの悲しみは俺の敵だ、おれの泣きぬれた目に不法にも侵入してきて、涙を徴発してはおれを盲にしようとするのだ。そうなればどこに復讐の住みかを捜せばいい?
復讐の異常ぶりは、人肉料理で頂点を迎える。神話や古典では子供の肉を親に料理して食べさせるという逸話が多い。人間にとって、本能的に拒絶したくなる究極の仕打ちなのだと思いしる。
復讐の残虐さもさることながら、影の大悪アーロンの役柄は、もはや人間の域を超えている。アーロンの独白シーンを読んで『羊たちの沈黙』のレスター博士の笑顔が頭をよぎった。人が嘆き、血が流されれば、アーロンは可笑しくてたまらないと哄笑するのである。とことん、いかれている。「純粋悪」というものがあるなら、それは彼のような人間ではないだろうか?
悪魔ってものがあるなら、おれは悪魔になりたい。
永劫の炎の中で焼かれながら生きていたい。
タイタスが嘆けば、アーロンは笑う。まるで人間と悪魔の血の会話を見ているような心地がした。あまりに強烈すぎて、脳みそにへこみができてしまった。もうしばらくは治りそうにもない。
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