ボヘミアの海岸線

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『ヴェネチア風物誌』アンリ・ドレニエ|妖術と魔術と幻覚の土地

まったく、ここは奇異なる美しさの漂う不思議な土地ではないか? その名を耳にしただけで、心には逸楽と憂愁の思いが湧き起こる。口にしたまえ、<ヴェネチア>と、そうすれば、月夜の静寂さのなかで砕け散るガラスのようなものと音を聞く思いがしよう……<ヴェネチア>と。それはまた陽の光を受けて引き裂ける絹の織物の響きさながら……<ヴェネチア>と。そして色という色は入り混じって、変わりやすい透明な一色となる。この地こそは、まさに妖術と魔術と幻覚の土地ではないか?

ーーアンリ・ドレニエ『ヴェネチア風物誌』

 

ヴェネツィアは2回訪れたことがある。いずれも夏で、光と人々の喧騒に満ちたヴェネツィアが、私の記憶にあるヴェネツィアだ。

だが本当は、冬のヴェネツィア、100年前のヴェネツィア、詩人たちが描くヴェネツィアを訪れてみたい。

ヴェネチア風物誌

ヴェネチア風物誌

 

 

あの静まりかえった水、黙りこんだ石、光輝く大空−−魅惑の「町」のこうした一切の道具立て、私を運ぶゴンドラは棺に似て、この地以外の土地ならば、人々は死者そのものと言うべきか。

 フランスの詩人アンリ・ドレニエが描くヴェネツィアは、静まりかえった水、黙りこんだ石、光輝く大空の町、奇異なる美しさの漂う不思議な土地、妖術と魔術と幻覚の土地である。

著者はパリよりもイスタンブールよりもローマよりも、ヴェネツィアを愛する。

その偏愛ぶりは散文詩「鍵」にあらわれている。旅人としてではなく、住居の鍵を持つ人間としての歓喜がみなぎっている。

余所者とみなされ、カーネーション売りの娘には花束を差し出され、砂糖漬けの果物売りに藁づつみを押し付けられようと、一向にかまわない! わがポケットには、正真正銘のヴェネチア人を証する大きな黒い鍵があるではないか。

…おお、ヴェネチアよ、この鍵こそ、私がお前の美を転々とするさもしい一介の通行人ではなく、その魔力に永遠に囚われた何者かであることを証するもの。この鍵こそは、かの魔力の表象、私はそれを好んで手にする、後生大事のお守りのように、また、いとしい囚われの身の確固たるしるしとして。

 この感覚はわかる。私がかつて旧市街に住んだ時も、こんなふうに浮かれたものだった。

しばしば外国にとらわれた人間たちは、その外国に向かう旅程を「帰る」と表現する。その土地が実際の故郷であるかどうかは関係なく、住んだ年数も関係なく、自分が心地よく息を吸える場所を人は「帰る場所」と呼ぶ。

外国の鍵は、外国にとらわれた人間たちの感情、住みたいと憧れて海をわたってきた土地に「帰る場所」があることのうれしさが具象化したものとして描かれる。

…というのは、明日もまたヴェネチアは、今日と同じく私のものとなるからだ。私は見るだろう、灯火の誕生とその死を。夜明けから夕暮れまで、いくつもの鐘の音を耳にするだろう。その空と海水に見とれよう。教会も鐘楼も、河岸も運河も潟も、潟に影を映す島々も、すべて私のものとなるだろう。幾千のゴンドラのうち、その一艘は私のものではないか? 数限りない館のうち、そのなかの一つは、わが住居となっているではないか。

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 ドレニエは、心を古いものに乗せて語る詩人だ。鍵や、骨董屋で買ったインク壺 や鈴、仮面といった、手元にあるヴェネチアの表象を手がかりにして、路地裏と水路に向かって、想像力を広げていく。

そして路地裏と水路の光と影、石畳の静けさをうたう言葉の合間に、すばらしいタイミングで、マクシム・ドトマの木版画が現れる。

この挿画が描くのは、観光地としてのヴェネツィアではなく、地元民が愛するヴェネツィア、100年前から変わらない路地裏のヴェネツィアだ。とてもいい。こんなヴェネツィアに私も暮らしたい。

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そしてやはり、冬のヴェネツィアなのか、と思う。ヨシフ・ブロツキー『ヴェネツィア』で、ロシアの詩人もまた冬のヴェネツィアを称賛していたが、ドレニエもまた冬のヴェネツィアを賛美する。寒さと霧におおわれて、より幻想に近づくからだろうか。

氷のように冷たい空気は私たちを、じっと動かない透明な塊のなかにとじこめる。すると、一陣の激しい寒風が通りすぎ、間近な冬の息吹をふるわせる。彼方では、ヴェネチアが明るい空に向かって、いかにももろく、壊れやすいもののように身ぶるいしている。

冗談じゃない、私はまだここを立ち去りはしまい! 私はこの十一月の寒いヴェネチアが好きなのだ。濃霧につつまれて乳色一色となり、霧氷に覆われて一面に音をたてているあのガラス細工さならがのヴェネチアが。

本書は、愛する外国に住む喜びと、去らなければならない寂しさに満ちている。

詩人はヴェネツィアの鍵を持っていたが、結局は仮暮らしの人だった。少し長めの仮暮らしは、現実を知ってはいるが知りすぎていない点で、最も美しい記憶となって残る。幸福と愛に満ちたドレニエのヴェネツィアは、訪れたヴェネツィアよりもずっと美しかった。

 

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同じ詩を文語体で訳したもの。フランス語の原文も一部ついている。 ただ挿画がないので、私は『ヴェネチア風物誌』のほうが好き。

 

霧のように、水のように、記憶の水路に流れこんでくる書物。冬の描写が美しい。 

イタリア文学者が、ヴェネツィアの宿に滞在した時のエッセイ。ヴェネツィアから、記憶が巻き戻っていく。水の都は、人に記憶を呼び起こさせるなにかがある。

 

夏休み本として一緒に読んだ。この本にも、ヴェネツィアが登場する。