ボヘミアの海岸線

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『錬金術の秘密』ローレンス・M・プリンチーペ|錬金術を現代科学の視点で再評価する

ウシの死骸からハチが生まれ、腐葉土からムシがわくという例のように、生命をもたない物質から生物が生じるのは日常的なことであり、中世や初期近代の知識人たちは実験室での生命体の生成を不可能だとは考えなかった。

ーーローレンス・M・プリンチーペ『錬金術の秘密』

 現代の科学史家にとって、錬金術はとても人気のあるテーマらしい。これまでの研究が錬金術の科学を過小評価してきたため、手つかずの文献や研究分野が残っているからだという。

ほとんどの読者は、頻繁になされる以下の主張を知っているだろうーー錬金術は根本的に科学とは異なり、心霊的な営みで行為者の自己変容をもたらす。錬金術は妖術に似ている、あるいは詐欺でしかない、云々。

現代の人が持つ錬金術の怪しげなイメージは17世紀につくられたもので、錬金術師たちが組み上げてきた実験や科学を矮小化させていると、著者は指摘する。たしかに私が錬金術師と出会うのは漫画やゲーム、文学の中で、だいたい魔法使いか世捨て人かマッドサイエンティストとして描かれている。

著者は、この錬金術師像にノーをとなえるため、膨大な文献精読や再現実験をとおして、「錬金術が積み上げてきた科学の知識体系」を再評価しようする。

 

錬金術は、ふたつの伝統の交錯から生まれるーー処方集にみられる職人たいの実践的な知識、そして古代ギリシアの自然哲学に由来する物質の本性やその変化についての思索だ。

 錬金術は、ギリシア・エジプトの「ケメイア」(3世紀〜)、アラビアの「アル・キミア」(8世紀〜)、中世ヨーロッパの「アルケミア」(12世紀〜)と発展してきた。

初期の錬金術は、高価な貴金属を真似る実践的な知識、職人のビジネスだった。そこに、ギリシア哲学からくる「物質とはなにか」といった哲学思索が交錯していく。さらにアラビア錬金術師のジャービルによって「真理の分散」「秘伝伝授」といった神秘的性格を帯びる。

 「ジャービルよ、望むように知識を開示するのだ。しかし誰にでもではなく、心にそれに値する人々だけに」。「真理の分散」は著者の複数性を隠し、後続する著者たちに初期のテクストが「不完全」だと調査させ、テクストの追加を許すのだという。そうすることで、多様な層を結びつけてテクスト同士にある矛盾さえも消すことができる。

ジャービル時代の秘密主義は、テキストに「余白」をうんだ。あえて不完全に書き、分散させることで、他者が継ぎ足したり、解釈したりする余地を残している。結果として、偉大なる錬金術師のふりをして書いた偽書が大量にうまれたり、架空の錬金術師がうまれたりした。

このテキストの混沌たる広がりは、とてもおもしろい。参加者たちが「わざとわかりにくく、不完全な書物をつくる」ルールのもとに、大量のテキストをうみだすなんて、本読みにとってはときめきしかない(文献を精査する人はとてつもなく苦労するだろうが)。

 

ここらへんから錬金術は秘密主義の文化となり、魔術やオカルトめいた雰囲気が濃厚になっていく。登場する錬金術のレシピは、だいたい言っていることがよくわからない。

王冠は純金でなくてはならず、貞淑な妻と結ばれる。貪欲な灰色の狼を手にとり、彼の名前をとなえながら好戦的な火星にあたえよ。狼は年老いた土星の子であり、世界中の山谷に暮らし、とても空腹だ。眼前に王の体を投げだせば、餌にするだろう。狼が王を貪り食べたら、大火を熾こして狼を投げいれよ。狼は完全に燃やされて、王が奪還される。これを三回くり返すとライオンは狼を征服し、それ以上なにも餌を見いだせなくなる。こうして作業のはじめの時点で、われわれの体は完成される。

著者はこれらの錬金術の呪文を、当時の知識体系と照らし合わせ、化学で置き換えていく。王は金、土星は鉛、オオカミはアンチモン鉱石か輝安鉱で、これらを混ぜて火にかけると、アンチモンが揮発して金が残る。賢者の石のように金は増えないものの、確かに抽出されるので、上記の魔術文言は「正しい化学実験を叙述している」らしい。

中には、実験結果のメモを普通の言葉で記して、世に出す時にわざわざ魔術モードで書き直した錬金術師もいた。

アンチモンを9オンス、鉄を4オンスとる。これが真の比率だ。…強烈な火で混合物を誘拐して角状の容器にそそぐと、そこにレグルスと上部に光り輝く鉱滓が見いだせる。それらが冷えたら分離する…つまり純銀をえるはずだ…つぎにこのレグルスを1部、純銀を2部とるのだ。

これが、下記のようになる。

腹に魔術的な鉄をもつ火のドラゴンを4部、われわれの磁石を9部とり、灼熱のウルカヌスでそれらを混ぜあわせる…外角を捨てて中身をとりだし、火と太陽で三度ほど純化する。もし土星がその姿を火星の鏡に見いだせるなら、これは簡単に達成されるだろう。そこからカメレオンまたはカオスが生成するが、そこにすべての秘密が隠されている。これは両性具有の子供であり、狂犬によるかみ傷を負っている。…ディアナの森に狂犬病を緩和する2匹のハトがいる。

ふたつのバージョンを読み比べてみると、実験の完成度と、呪文バージョンのややこしさに、二重に驚く。

もし錬金術が実験をそのまま記述する文化だったら、もっと知識の伝播と蓄積は早かっただろう。一方で、これほどまでに「世界の神秘」を知ろうとする人々を惹きつけることもなかっただろうと思う。

 

さらに著者は、再現実験をして錬金術の科学を検証してみせる。尿が材料でも「簡単に手に入るからいいよね!」とがんがん再現していく姿勢が強い。特定の土地でのみ採れる不純物入り器具を取り寄せて再現してみせるなど、なみなみならぬ執念を感じる。

 

本書を読んでいると、錬金術が科学の土台であったことがよくわかる。錬金術師たちはじつにしっかり実験し、観察し、研究結果を残している。

だからこそ著者は、錬金術(アルケミー)と化学(ケミストリー)とわけず、錬金術と化学を分離しない「キミア」「キミスト」という言葉を使うのだろう。

錬金術レシピをつかって再現実験する著者の執念、錬金術への敬意を見るにつけ、時代が時代なら、きっと著者は優れた錬金術師だっただろう。いや、これほど錬金術の核心に近づいているのだから、もう著者は21世紀の錬金術師なのだと思う。ものすごくまじめで科学的でどこかねじがふっ飛んでいて、いい本だった。

 

 

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