ボヘミアの海岸線

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『心霊の文化史』吉村正和|かつて「科学」だった心霊主義

19世紀後半において心霊主義は、現代のイメージとは逆に、建設的で明るい社会改革運動という側面も備えていた。心霊主義は、心身ともに健康な個人を完成する手段であるだけでなく、「改善、進歩、人間性」を標榜して社会の完成をも目指す<自己>宗教として理解されていたのである。 

ーー吉村正和『心霊の文化史 スピリチュアルな英国近代』

トマス・ピンチョン『重力の虹』第1部(イギリス編)に、心霊現象研究協会(SPR:The Society for Psychical Research)や降霊会メンバーが登場する。これらはピンチョンが想像したものではなく、イギリスに実在した。

イギリスは、1860年代から70年代にかけて、心霊主義(スピリチュアリズム)が一世を風靡した。その影響は現代では考えられないほど強く、サイキックや霊媒、降霊術などについて「科学的」に研究する機関として、心霊現象研究協会がつくられるほどだった。

心霊の文化史---スピリチュアルな英国近代 (河出ブックス)

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本書は、英国から始まり発展した心霊主義の歴史を紐解いていく。著者は、英国スピリチュアリズムをただの非科学的熱狂としてかたづけず、「心身ともに健康な個人を完成する手段」「建設的で明るい社会改革運動」としての側面に光を当てようとする。

といっても、霊媒や降霊術、サイキックなどが正しいと主張しているわけではない。それらのほとんどが、やらせ、トリック、勘違い、ドラッグなどを利用したトランス状態であると認めている。

一方、スピリチュアリズムは、悩める個人が「よりよい自分」になるように推奨する「カウンセリング」の役割や、個人改革をつうじた社会改革運動の原動力になったという。

 

たとえば、19世紀には「フロイトの深層心理学」に匹敵する力を持っていた「骨相学」。これは「骨の形によって人格がわかる、骨の形によって人格が決まる」と主張する一派で、ウィーンからはじまり、イギリスやアメリカで大流行した。大脳生理学の発展により現在では否定されているし、当時も科学的根拠は乏しかった。しかし、多くの科学者や山師が骨相学で「診断」をくだしていた。

骨で性格が決まっても、本人の努力や教育次第で改善しうる、と骨相学は提示していた。骨相学は「自分を理解したい」「よりよい自分になりたい」という願望に応えていたものと思われる。

現代でも、似たものはある。たとえば占い、性格・適正診断、自己啓発などだ。自分を理解し、自分をよりよくしたいニーズは、いつの世でも変わらないのだと思う。

 

 19世紀に全盛を誇った心霊主義は、個人改革から「オーウェンの千年王国」などの社会改革をうみだした。さらに科学と融合する一派(ユングの分析心理学)、神智学などのカルト的オカルティズムへ煮詰まる一派へと分離していく。

19世紀の心霊主義は、宗教の衰退と科学の勃興の合間だからこそうまれて繁栄した社会現象だったのだと思うとおもしろい。それに、アンチワクチン主義や疑似科学医療は今でも大人気だ。人類はスピリチュアリズムから逃れることはないのだと思う。

 

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 大好きピンチョン大好き『重力の虹』。本書を読んでからまた第1部の心霊ピープルの話を読み直したい。

 

 

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 19世紀だけではなく20世紀、はては21世紀まで脈々と続く陰謀論、秘密結社の思想史まとめ。カルト宗教の映画やゲーム、陰謀論が大流行していることからも、人類にとってオカルティズムは過去のものではまったくないと思う。