ボヘミアの海岸線

海外文学/世界文学/ガイブンの書評と感想ブログ。昔の名は「キリキリソテーにうってつけの日」

『生物学と個人崇拝 ルイセンコの興亡』ジョレス・メドヴェージェフ|国ぐるみで疑似科学を礼賛したカルト国家

「あなたはなぜダーウィンについて語り、なぜマルクスとエンゲルスから例を挙げないのか?

マルクス主義とは唯一の科学である。ダーウィニズムは一部にすぎない。真の世界認識論をもたらしたのはマルクス、エンゲルス、レーニンなのだ。

ーージョレス・メドヴェージェフ『生物学と個人崇拝』

 

血液クレンジングやガン民間療法など、今も疑似科学のニュースは後を絶たないが、かつて国ぐるみで疑似科学を礼賛していた国家があった

スターリン・フルシチョフ時代のソ連は「ブルジョワ的だ」という理由で生物学と農学を全否定し、共産主義イデオロギーに合致した疑似科学を「真実の科学」と礼賛した。

中心となった疑似科学者の名は、トロフィム・ルイセンコ。ルイセンコは科学者としては凡庸どころか三流だったが、急速に勢力を伸ばして生物学界を牛耳り、「ルイセンコ主義」という疑似科学の狂信が40年近くも続いた。なぜこんな事態になってしまったのか?

生物学と個人崇拝――ルイセンコの興亡 (ジョレス・メドヴェージェフ ロイ・メドヴェージェフ選集)

生物学と個人崇拝――ルイセンコの興亡 (ジョレス・メドヴェージェフ ロイ・メドヴェージェフ選集)

 

  ルイセンコは、形式主義的な、ブルジョア的な、形而上学的な科学として古典遺伝学を「閉幕」させ、代わりに自分たちの新しい遺伝学を「開幕」しようとしていただけだった。

ソ連の生物学者であり、ルイセンコ主義を目の当たりにした生物学者による奇書である。

本書は「生物学+農学+社会学+政治学+歴史学+哲学+狂気」という、世にも奇妙な構成要素でできている。ルイセンコのすべてを語ろうとすると、こうならざるをえないからだろう。ルイセンコ主義の問題を論駁するのは生物学の分野で、ルイセンコ主義の思想を解明するのは哲学で、ルイセンコ主義の台頭を説明するのは社会学と政治学の分野だからだ。

 
ルイセンコ主義とは、一言でいえば「共産主義イデオロギーに合致するようねじ曲げたニセ科学」だ。ルイセンコは従来の生物学を「ブルジョワ的」だと批判し、党史やマルクス主義のイデオロギーに一致させた「自分が考える生物学」を主張した。

例えば、ルイセンコ一派は「環境が変われば種はすぐに進化する」「遺伝子がお互いを好んで選択する」と主張する。また、異なる種を受粉させれば、小麦からライムギへ、大麦からエンバクへ、エンドウからカラスエンドウへとすぐに種が変わる、と主張していた。これはダーウィニズムの主張とは対立する。

発言を読んでいくと、ルイセンコは、科学とイデオロギーを同列に語り、むしろイデオロギーを優先させていることがわかる。

 「あなたはそうした進化(単純化)はあるという。だが党史の第四章には、進化とは複雑化であると書かれている。」

「あなたはなぜダーウィンについて語り、なぜマルクスとエンゲルスから例を挙げないのか?」

 マルクス主義とは唯一の科学である。ダーウィニズムは一部にすぎない。真の世界認識論をもたらしたのはマルクス、エンゲルス、レーニンなのだ

だが、これだけでは「おかしい人がおかしいことを主張している」だけだ。恐ろしいのは、この疑似科学が正統派の生物学よりも力を持ち、国家レベルで礼賛されるようになったことだ。

本書は、三流の疑似科学が、正統派の科学を蹴落としてマジョリティになった経緯を、迫力ある筆致で暴いていく。

 
鍵となるのは「権力への迎合」「反対派への攻撃と抹殺」だ。

ルイセンコはまず「春化処理」という実例(科学的に見て根拠が貧弱だった)を発表した。まともな生物学者たちは批判したが、ルイセンコは「自分はブルジョワ科学ではなく、マルクス主義の科学である」「春化処理で食糧問題が解決できる」とスターリンにすりよった。スターリンは、失政による食糧難を解決できると、ルイセンコが提案した方法を褒め称えた。

権力者は「自分にとって都合がいい科学」を望み、実力では認められないエセ科学者は「自分が認められる舞台」を望んだ。疑似科学が礼賛される土壌はここからうまれた。

 

ルイセンコは権力のお墨付きを獲得していくと同時に、自分を批判する科学者を徹底的に攻撃した。ルイセンコが行った方法はシンプルだ。大量のデマと人格攻撃である。

ルイセンコへのやり口は巧妙だった。ルイセンコへの科学的批判を「共産主義への批判、マルクスへの批判、レーニンへの批判である」と論旨をすりかえていった。

階級の敵は、科学者であろうとなかろうと、常に敵である。『プラウダ』 

 

結果的に、ルイセンコの攻撃が減り、二流科学者たちがルイセンコ一派にすり寄ることで、ルイセンコ一派の数は増えていった。ルイセンコ一派は、自分たちのニセ科学をそれっぽく見せるため、「アンケート」という主観的かつ再現性がない非科学的な方法を用いながら、論文を量産した。

そしてついに、ルイセンコは科学界の人事権をにぎる。あとは簡単だ。反対者を更迭・降格・処刑して数を減らし、仲間を(もちろん三流だ)次々に重要ポジションにつけていけばいい。

事実の歪曲、デマゴギー、恫喝、会食、権力への依存、いかさま、虚偽報道、自己宣伝、批判の抑圧、弾圧、反啓蒙主義、誹謗、こじつけの避難、侮辱的なあだ名つけ、そして論敵の肉体的排除--これこそが30年間にわたって彼らの科学的概念の「進歩性」を裏付けてきた方法・手段の豊富なたくわえだった。他に有効な方法はなかったし、討論問題の比較的自由な検討は、いかなるものであれ、ルイセンコ主義を破滅の前途に立たせたからだ。

この恐るべきルイセンコ主義は30年あまりも続いた。多くの科学者が失墜、失望、落命していった。心ある科学者にとっては地獄の日々だっただろう。幸いにもルイセンコ主義は終焉を迎えていく。しかし30年は長かった。

 

本書を読んでいると、「やばい人間」「のっとり戦略」「健全な検討ができない制度」がすべてそろうと、破壊的な悪影響をもたらすことがわかる。スターリンとルイセンコ、2人の狂信的な人間が引き金であることは疑いがない。しかし、狂信的な人間だけでも、ここまで疑似科学がのさばることはなかった。

ルイセンコ主義がなぜここまで広がったか、著者は5つの要因を挙げている。

  1. 「ブルジョア科学」「プロレタリア科学」とレッテルづけする傾向
  2. 間違った政策・向上的な食料危機
  3. 権力と管理の中央集権化
  4. ソ連の科学的な孤立
  5. メディアによる言論の抑圧と権力への迎合

 

レッテルづけ、中央集権化、孤立、言論の抑圧は、健全な検討ができない土壌をうむ。不安や危機は、時間がかかる議論より、わかりやすい解決策を望む気持ちをうむ。ここに、過激で単純な発言をする狂信的な人間を放りこめば、狂乱ができあがる。

私は、マルクス主義ならではの原因があるから、こんな狂った出来事が起こったのかと思っていた。しかし残念なことに、この作法は現代でも通用してしまう。膨大なロシア人の名前と生物学の解説があるため、かなり読み進めづらい本ではあるが、独裁カルトの作法についての類まれな記録だった。

 

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