ボヘミアの海岸線 - 海外文学の感想

海外文学/世界文学/ガイブンの書評と感想ブログ。昔の名は「キリキリソテーにうってつけの日」

『ピノチェト将軍の信じがたく終わりなき裁判』アリエル・ドルフマン|チリに満ちる悪の惨禍

 チリの誰もが気づいていた。本当に何が起きているのかを知っていた。近くの地下室で遠い砂漠で、果てしなく起きていることを知っていた。果てしなく起きる。これが抑圧の病的ロジックである。止むことなく続くというのがテロルの定義なのだ。 

−−アリエル・ドルフマン『ピノチェト将軍の信じがたく終わりなき裁判』

チリに満ちる悪の惨禍

ボラーニョの文学には「言葉にしてはいけない悪」の気配が満ちている。この悪は名指しこそされないが、ひたひたと空気の中に満ちていて、人々の臓腑にまでたどりつく。

チリの空気に満ちる悪として真っ先に思い浮かぶのは、チリの独裁者ピノチェトだ。『通話』『はるかな星』『アメリカ大陸のナチ文学』では登場しなかったピノチェトが『チリ夜想曲』で登場したので、ピノチェトとはなんなのかを知ろうと思い、この本を手に取った。

ピノチェト将軍の信じがたく終わりなき裁判―もうひとつの9・11を凝視する

ピノチェト将軍の信じがたく終わりなき裁判―もうひとつの9・11を凝視する

 

 

独裁を経験した人々が、長い沈黙を破り、記憶を証言する記録である。 ボラーニョは「名指しできない悪」がもたらす抑圧と薄気味悪さを書き、本書は「名指しできない悪」をはっきりと名指しして、多くの人の証言を集めて記録した。

 

著者は、ピノチェト政権から亡命したユダヤ系アルゼンチン人(チリ国籍を取得している)だ。著者はアジェンデ政権の官房長官を務めた人物で、アジェンデやピノチェトと面識があった。作家として批評活動もしていた。つまり著者はあらゆる意味でピノチェトにとって邪魔者であり、亡命を余儀なくされた。

アジェンデ政権で知人友人が多かったがゆえに、著者は彼らの多くを失った。殺された人、自殺した人、自殺させられた人、いまだ死体が見つからない人、亡命した人、拷問を生き延びた人、拷問で壊れてしまった人、誰もがピノチェトに大事なものと生活を壊されて奪われた。

周囲の子分たちを、小指のかすかな動きで従わせることのできた男。彼が必要としたのはそれだけだった。小指をひょいと立てる。そうすれば誰かが死んだ。

だが、チリ人は長い間、ピノチェトがしたことについて語ろうとはしなかった。口を閉ざし、目をそらし、心に激痛を抱えこんだ。ピノチェトという「空気」がそこら中に満ちていたからだ。ピノチェト関係者と支持者がうごめくチリでピノチェトについて語ることは死に近づくことだった。

ピノチェトは聞いていないかもしれない。でも、聞いているかもしれない。この恐怖によってチリ人たちは沈黙した。

 ピノチェトの逮捕

チリ人たちの沈黙を打ち破ったのが、1998年のピノチェト逮捕である。逮捕したのは英国スコットランドヤードで、罪状は「非人道的なジェノサイド」。1973年の軍事クーデターからじつに25年が経っていた。

ピノチェトが逮捕された。このことは、彼を含むチリ人たちを混乱と衝撃に陥らせた。チリを25年かけて徹底的に痛めつけ、多くの人々を殺し、拷問し、行方不明にさせたにもかかわらず、犯罪をとがめられることなく権力と富を持ち続けていた男が逮捕された。ずっと見逃されていた悪、これからも見逃され続けるのだろうと思っていた悪が、多くの人間と同じように法廷で裁かれることになる。

このニュースは亡命していたチリ人たちにまたたくまに広がり、名前も言いたくなかった男のことを誰もが口にするようになった。別の国に住んでいても、ピノチェトはいつでもチリ人たちの臓腑に入りこみ、彼らを苦しめていたことがわかる。

著者の筆致は、1998年のピノチェト逮捕、2000年のピノチェト裁判、1973年から始まったピノチェト政権下の記憶を往復する。時系列が入り乱れているため、ついていくのが大変だが、この混沌こそが著者の心理そのものであるように思える。

多くの苦しみが語られる。中でも、チリの子どもたちが「独裁」という単語を知らなかったエピソードは、チリが苦しんでいる病を端的に表している。

 8歳から10歳ぐらいまでの子どもたちだった。驚いたことに、彼らは、「独裁」という言葉の意味を知らなかった。「まさか。どうして、きみたち、その言葉を知らないでいられるの?」われわれは訊いた。「知らないよ。意味なんてわからないよ」彼らは言った。そして彼らの教師は、さんざん迷ったり話をそらしたりしたあげく、ようやくわれわれが信用できる人間だと感じて、どんなに酷い状態だったかを語ったあとで、こう告白した。もし彼女が生徒たちにその言葉について教えたりしたら、生徒の親たちは−−そのほとんどはピノチェト反対派なのだが−−、ノートブックからそのおぞましい言葉を消し去ってしまっただろう。子どもたちが名指しすることのできない独裁、その親たちが名指しすることを望まない独裁。その独裁の、影響と遺物と残滓が移行期のチリを毒し続けている。

デサパレシードス、失踪者たち

ピノチェトは、殺害だけではなく多くのデサパレシードス(失踪者)を生み出した。デサパレシードスは、殺害よりも恐ろしいものをもたらした、と著者は語る。安息させるべき遺体がないから魂の安息もありえない。一方、ピノチェト政権はなにも罪に問われない。 ピノチェトがいなくなってから、何人もの遺体が砂漠から掘り起こされたが、それでもまだ膨大な人間が失踪したままだという。ピノチェトがいなくなっても、ピノチェトはチリ人を苦しめ続けている。

反対者たちを殺害し、その殺害に対し何も責任も問われない。自身に生と死の全面的権力を授け、同時に、いかなる罪をも公式に否定することで自身を浄化する。彼らは言い続けた。囚人などいない、行方不明者の件など、不穏分子の作り話だ……。しかし、われわれは知っていた。チリの誰もが気づいていた。本当に何が起きているのかを知っていた。近くの地下室で遠い砂漠で、果てしなく起きていることを知っていた。果てしなく起きる。これが抑圧の病的ロジックである。やむなく続くというのがテロルの定義なのだ。 

死んだ人たちだけではなく、拷問を生き延びた人のことも著者は記録する。「拷問された人は、その後、命ある限り、目の奥にサングラスをかけ続ける」と著者は書いている。ピノチェトが生きていようが死んでいようが、もはや関係ない。この事実が読む者をさらに突き落とす。

ピノチェトを支持するチリ人

 さらに著者は「ピノチェトを支持する人たち」の声も記録する。抑圧されていたから見せかけで支持していた人たちではなく、心の底からピノチェトを支持する人たちである。マイノリティではあるものの、チリには確かに「ピノチェト支持者」がいる。

いったいどういう人たちか? まず、過去のピノチェト賛美をそのまま信じ続ける人たち。もともとピノチェトは社会主義のアジェンデ政権を転覆させた。ピノチェトが政権をにぎった当初は、「チリを共産主義から守った英雄」「自由経済を推進してチリに経済成長をもたらした」と礼賛された(結局、経済成長の恩恵はピノチェト一派にのみ集中して、貧富の差は拡大したのだが)。経済的恩恵を受けた人々はピノチェトを支持する。

そして、アジェンデ政権を憎んでいる人たち。著者が話を聞いた人にとっては、両親の財産を奪ったアジェンデが悪であり、悪を滅ぼしたピノチェトは正義であった。

これらはまだわかる。不可解なのは、著者の友人のような、経済的恩恵を受けてもいないのにピノチェトを支持する人である。この会話は、利権がからまないぶん、恐ろしさを際立たせている。

「でも、なぜ?」わたしは憤激して訊いた。「死者のことはどうなの、処刑された人、追放された人のことは?」

「そのことね」グラシアは言った。「彼はそういうことはなにも知らないのよ。彼を見てご覧なさいよ、わたしたちのタタ(グランパ)を。とても素敵な青い目をしているわ」 

ピノチェトを無実放免にしようとするアメリカ

裁判にかけられたピノチェトを助けようとしたのは、ピノチェト支持者だけではない。 かつてピノチェトのクーデターを支援したアメリカ、ピノチェトの経済政策で恩恵を受けた人たちが、莫大な金を積んで、ピノチェトを無実放免にしようとした。

1970年代の当時は冷戦どまんなかであり、アメリカは選挙によってチリに社会主義政権がうまれたことに危機感をいだいた。社会主義を転覆させるために、アメリカは武器と費用を援助した。アジェンデ政権下では地味なおべっか使いだったピノチェトが援助を受け取り、暴君として開花した。

ピノチェトは新自由主義経済を推し進め、多くの国営企業を民営化し、多国籍企業がおその恩恵を受けた。ピノチェトの恩恵を受けた者たちは、ピノチェトが有罪になれば、自分の罪を問われかねない。かつてピノチェトを支持した者たちは裁判に介入した。

恐ろしいのは、誰もが知っている独裁者であっても権力国にとって都合がよければ見逃される、という苦々しい事実だ。世界中で起きている裁判がいかに茶番であり政治劇であるかを、ピノチェト裁判は示している。

結局、ピノチェトは痴呆で裁判をできる精神状態ではない、と見なされて、チリに返された。

話し始めたチリ人

ピノチェトの裁判は、多くのチリ人が望んだような結果にはならなかった。しかし、ピノチェトが逮捕されて法律に服従するように求められたことは、チリ人に変化をもたらした。孤独に抱えていた苦しみと恐怖を、人々が語り始めた。

…ようやく語ることができたのは、…彼女と彼がもはや孤独ではなかったからだ。非常に多くの、近くや遠くの人々が、徐々に心を開き始めたからだ。…かつて、恐怖の年月を語るとき、彼らは目を地面に落としていた。あるいは目をしきりに動かしていた。いま、彼らはその目を上げて、わたしの凝視を受け止める。

このことに著者は希望を見出している。チリ政府にはまだピノチェト支持者がいるし、チリ人は分断されている。それでも著者は力強く希望を語る。政府が認めていない死者や失踪者の記憶を話し、記録し、ピノチェトのしたことを残し、そしていつかピノチェトの呪いから逃れきり、ピノチェトを忘れることを夢見ている。最後の一文からは彼の強い希望が伝わってくる。

 チリのおぞましき者は、チリ最高裁が罪状を棄却したことによって裁きから逃れきった。2006年、ピノチェトはチリの首都サンティアゴで心不全のために死んだ。91歳だった。

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ピノチェトとアジェンデのことを知ったあとに本書を読むと、ピノチェト登場シーンのグロテスクさとギャグぶりが際立ってくる。よりにもよって、社会主義を憎みきっていたあの男が、マルクスを学ぼうとするとは!

「名指しできない抑圧」がじわりとにじみ出る短編集。

はるかな星 (ボラーニョ・コレクション)

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ボラーニョが 「絶対的な悪を書こうと試みた」作品。この「絶対的な悪」が『2666』へとつながっていく。

2666

2666

 

「犯罪の章」では、 「絶対的な悪」が描かれる。