ボヘミアの海岸線

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『ラテンアメリカ五人集』

 <ちんこ>、君、ターザンになったな、一日一日、いい身体になって行くみたいだぜ、とぼくらはいったものだった。ーーバルガス・リョサ「子犬たち」

cinco autores

ラテンアメリカ五人集 (ラテンアメリカの文学) (集英社文庫)

ラテンアメリカ五人集 (ラテンアメリカの文学) (集英社文庫)

  • 作者: リョサ,パチェーコ,アストゥリアス,オクタビオ・パス,オカンボ,安藤哲行
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 1995/09/20
  • メディア: 文庫
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 今年の春から集英社「ラテンアメリカの文学」が復刊を始めている。復刊第1号のガルシア・マルケス『族長の秋』表紙がまさかの赤べこでど肝を抜かれたものだが、毎回なんだかんだ、微妙に的を外した表紙を楽しみにしている。今回は南米作家5人のオムニバスということでどんな風になるのかと思ったら、タペストリだった。タペストリの柄が、つぶらな瞳のイルカに見えてしょうがない。

ラテンアメリカの文学 ラテンアメリカ五人集 (集英社文庫)

ラテンアメリカの文学 ラテンアメリカ五人集 (集英社文庫)

  • 作者: マリオ・バルガス=リョサ,ホセ・エミリオ・パチェーコ,カルロス・フエンテス,ミゲル・アンヘル・アストゥリアス,オクタビオ・パス,安藤哲行,鼓直,野谷文昭,牛島信明,鈴木恵子
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2011/07/20
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 J.E.パチェーコ(メキシコ)、M.バルガス=リョサ(ペルー)、シルビーナ・オカンポ(アルゼンチン)、オクタビオ・パス(メキシコ)、M.A.アストゥリアス(グアテマラ)の作品を収める。2010年にリョサがノーベル文学賞を受賞したので、本書はパス、アストゥリアスと合わせて3人のノーベル賞受賞者を集めていることになる。以下、各編の感想。気に入ったものには*。


J.E.パチェーコ「砂漠の戦い」 Jose Emilio Pacheco Las batallas en el desierto,1981.
 もう失われたメキシコの街角にまつわる記憶、そして初恋の思い出。わりと懐古趣味が全開の作品。メキシコの小学生生活が主軸で物語が進む。メキシコは格差が歴然としていて、同級生といえど天と地ほど生活レベルが違っている。政治と民衆との微妙な関係や差別など、文化に根づいているものを内側から描くドキュメンタリ的な視点がよい。友達のきれいなお母さんにときめくって、どこの国でもあることなのだろう。「自然なものは憎悪だけといった世界では、恋はひとつの病なのだ」。

マリオ・バルガス=リョサ「子犬たち」 Mario Vargas Llosa Los cachorros,1967.*
 パチェーコはメキシコの小学生たちを描き、リョサはペルーの小学生たちを描いた。どちらの子供たちもわんぱくで血気盛ん、口が悪くて女の子に興味深々。どこの国でも変わらない「子犬たち」だと思う。が、ここで出てくる本物の子犬はまったくかわいくない。これでよく「子犬たち」なんてタイトルをつけたものだと、感心してしまう。マチズモな南米文化において、女の子を口説けない、口説いてもセックスできない<ちんこ>少年の悲哀が、直接語られないながらにもじわりとにじんでくる。この空しさと焦燥は、非モテオタクのドミニカ青年 オスカー・ワオに通じるところがある気がする。→過去の感想

シルビーナ・オカンポ「鏡の中のコルネリア」 Silvina Ocampo Cornelia frente al espejo,1988.
 夢見がちな少女が、鏡の前で「鏡に映る私」とお話する……というストーリーなのだが、少女がけっこうキテる性格で、殺人犯もどきを脅したり薬を盛ったり「殺して」と嘆願したり、けっこう忙しい。よくわからない作品だなと思っていたら、復刊版ではカルロス・フエンテス「二人のエレーナ」と差し替えられていた。なむ。

オクタビオ・パス「白」 Octavio Paz Blanco,1966.
 「白」はパスの中でも実験的な作品とされる。「白」は感想が書きようにないので、掌編「青い目の花束」「見知らぬふたりへの手紙」について。
 「青い目の花束」はよかった。恋人が気まぐれに「青い目の花束」を欲しいと言ったから、あなたの目玉をくれませんかと男が言う。山刀を目に突きつけられた瞬間を想像するだけで身の毛がよだつ。
 「見知らぬふたりへの手紙」は、物語それ自体よりも、幻想的な言葉の美しさを楽しんだ。「何年もたってから、別の国で夕闇が真っ赤に燃える寺院の高い壁を食いつくそうと迫りくるなかを、急ぎ足であるいていたとき、私はまた彼女を見たのだった」。

M.A.アストゥリアス「グアテマラ伝説集」 Miguel Angel Asturias Leyendas de Guatemala,1930.*
 鉱石きらめくような、グアテマラの伝説。古来からあるマヤ伝説と、スペイン植民地化以降の伝説が見事に混じり合っている雰囲気が、いかにも南米的。 腕に彫った刺青の船に乗って脱獄した「刺青女の伝説」、悪魔の化身であるゴムまりと神父が戦うユーモラスな姿を描いた「大帽子の男の伝説」は、何度読んでもやっぱりすてき。→過去の感想


関連の著作レビュー:
ノーベル文学賞とバルガス=リョサ、そして大事なものを噛み切られた男の話
アストゥリアス『グアテマラ伝説集』


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