『軽い手荷物の旅』トーベ・ヤンソン
[人生も旅も]
Tove Marika Jansson Resa Med Latt Bagage , 1987.

- 作者: トーベヤンソン,Tove Jansson,冨原眞弓
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 1995/10/09
- メディア: 単行本
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ふらりとどこかに行ってしまいたくなるのは、おそらく持って生まれた悪癖であって、いつでも家出ができるように荷物はできるだけ少なくしておこう、そんな風に日々を過ごしている。だから、この本は題名惚れ。しょうがない、好きなんだから。
彼女が住んだ極北の孤島のように、澄んだシャープさを持って描かれる、「旅」とそれにまつわる「人間関係」の短編集。「旅」にありがちな、甘くぬるい心情を、美しくクラッシュしながら、「人と人は、全てをわかりあえることはない」という、いつものテーマが繰り返される。ずれて、気がついて、だけどそばにいる人たち。物語は冷たくもあり、優しくもある。
以下、各編の一言感想。気に入ったものには*。
往復書簡:
日本人の女の子タミコとの往復書簡。「たくさんの年を重ねる必要はない、物語を書き始めればいい。書かなくてはならないから書くのです」
夏の子ども:*
世界の悲劇についてなげく、都会の子どもを預かる話。自分がここで平和に暮らしていることに罪悪感を感じさせる、その居心地の悪さ。ニュース漬けの都会人の揶揄ともとれるけれど、最後が解放的なのが救われる。
八十歳の誕生日:
ふとした瞬間、自分は相手を愛していなかったと気づいてしまうこの心。最後の乖離のスピードは圧巻。
見知らぬ街:*
見知らぬ街に迷い込む、地に足のつかない不安について。拾った帽子に書かれていたアドレスをてがかりに、見知らぬ人に会いに行く。わけのわからない感じが、むしろリアルな旅くさくて、なかなかおもしろかった。
思い出を借りる女:
自分でない、誰かになりたい。そのためなら、記憶を入れ替えたってなんともない。静かな狂気。ありそうな話。
軽い手荷物の旅:*
自分の望む旅の作法に従おうとするけれど。うまくはいかない、そんなものさ、人生も旅も。
エデンの園:
人のよい老女が、人づき合いの摩擦をどうにかしようとがんばる話。トーベは「善悪の判断がつきかねるけれど、人間くさい人」を書くのが本当にうまい。
ショッピング:
ディストピアSFのような世界の中で、二人の男女がその日暮らしをする。うーむ、こういうのも書くんだ。ささいな出来事が決裂を生み、そして決壊して、壁を壊しながら進んでいく。
森:*
ターザンごっこをする姉弟。トーベの実際の記憶なんだろうなと思う。ムーミンに通低する世界観。
体育教師の死:*
死んでしまった体育教師にやさしくしなかったことが、どうしても気にかかる。ものすごくどシュールな会話。胃がきりきりしてくる。
鴎:
孤島に療養にきた夫婦の関係が、鳥を中心にしてどんどんずれこんでいく。レイモンド・カーヴァーを思い出した作品。
植物園:**
偏屈なおじいさんたちの、奇妙な友情。ぜんぜん大人じゃないじいさん達が、だんだんと友情を育んでいくのがいい。やさしい話。本書では一番好きかも。
トーベ・ヤンソンの作品レビュー:
『トーベ・ヤンソン短篇集』
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