ボヘミアの海岸線 - 海外文学の感想

海外文学/世界文学/ガイブンの書評と感想ブログ。昔の名は「キリキリソテーにうってつけの日」

☆☆☆☆☆

大好きな本。好きか嫌いかを超越して唯一無二の本。

 生きて、死んで、そしてまた|『奥のほそ道』リチャード・フラナガン

見るのはつらい、だが見ずにいるのはもっとつらい。 ーーリチャード・フラナガン『奥のほそ道』 生きて、死んで、そしてまた 突き詰めていけば私の究極の関心は、生と死とそれら不可避の事象をめぐる感情であるように思う。私の心をえぐり爪痕を残していく文…

僕はアメリカ!|『JR』ウィリアム・ギャディス

−−できることでもやったら駄目なんだ…… −−何で? −−向こうにいるのは生きた人間だからだ、それが理由さ! −−ウィリアム・ギャディス『JR』 僕はアメリカ 全940ページに1.2kgというその異形ぶりから、2018年末の読書界隈を震撼させた怪物、ウィリアム・ギャデ…

人間の形をした液体窒素|『凍』トーマス・ベルンハルト

きみは恐れているのか。違うって。どっちなんだ。人類をか。観念をか。 −−トーマス・ベルンハルト『凍』 人間の形をした液体窒素 『消去』を読んで以来、トーマス・ベルンハルトには、遠い異国に住んでいる親族に寄せるような、淡い親近感を抱いてきた。 世…

『ノートル=ダム・ド・パリ』ユゴー

…こうなるともう、ノートル=ダム大聖堂の鐘でもなければ、カジモドでもない。夢か、つむじ風か、嵐だ。音にまたがっためまいだ。…こんな並外れた人間がいたおかげで、大聖堂全体には、なにか生の息吹みたいなものが漂っていた。 ーーヴィクトル・ユゴー『ノ…

『メダリオン』ゾフィア・ナウコフスカ

さまざまなところから死亡の知らせが届く。…人びとはあらゆる方法で死んでいく、ありとあらゆるやりかたで、どんなことも口実にして。もう誰も生きていないし、しがみつくもの、守り通すものはないように思えた。死はそれほどに偏在していた。−−ゾフィア・ナ…

『ロリータ』ウラジミール・ナボコフ

「だめよ」と彼女はほほえみながら言った。「だめ」「そうしたら何もかもが変わるんだが」とハンバート・ハンバートが言った。 ーーウラジミール・ナボコフ『ロリータ』 愛は五本足の怪物 はじめて『ロリータ』を読んだのは10年前、海外文学を読みはじめてま…

『八月の光』ウィリアム・フォークナー

彼はそれを考えて静かな驚きに打たれた――延びてゆくのだ、数知れぬ明日、よくなじんだ毎日が、延びつづいてゆくのだ、というのも、いままでにあったものとこれから来るはずのものは同じだからだ、次に来る明日とすでにあった明日とはたぶん同じものだろうか…

『ヨブ記』

しかし わたしは全能者に語りたい、わたしは神に抗議したいと思うのだ。——『ヨブ記』 理不尽な神に抗う 神様はあなたたちの行いをすべて見ています、だからいい子でいるのですよ、そうすれば神様は神の国へ迎えいれてくれますという言葉が、百歳のシスター・…

『彼方なる歌に耳を澄ませよ』アリステア・マクラウド

山々はわれらをわかち、茫漠たる海はわれらを隔てる――それでもなお血は強し、心はハイランド。 ――アリステア・マクラウド『彼方なる歌に耳を澄ませよ』 血は水よりも濃い スコットランド人に会ったら、まず言われること。イングランドとスコットランドを絶対…

『ザ・ロード』コーマック・マッカーシー

この物語の結末をおれにいわないでくれ。 ——コーマック・マッカーシー『ザ・ロード』 命の火を運ぶ 人類絶滅まであと少し。未来は来ない。 黒こげた死体の薪に命の火をくべて、血と夜の雫でできた宝石を、頭蓋骨の鍋で煮たような小説だ。なぜ、これほど極限…

『氷』アンナ・カヴァン

今ではもう私たちのどちらかが犠牲者なのか判然としない。たぶん互いが互いの犠牲者なのだろう。 —ーアンナ・カヴァン『氷』 愛の絶対零度 これぞ唯一無二。手の上に、虹色にかがやく絶対零度の氷塊がある。この氷塊が、わずか数百枚のページでできているこ…

『ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを』カート・ヴォネガット

いったいぜんたい、人間はなんのためにいるんだろう?——カート・ヴォネガット『ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを』 絶望からくる博愛 人は誰もが、小さな器を心に抱えてうまれてくる。うまれてまもなく、彼らをこの世に送り出した男女が水をそそ…

『土星の環 イギリス行脚』W.G.ゼーバルト

私たちの編みだした機械は、私たちの身体に似て、そして私たちの憧憬に似て、ゆっくりと火照りの冷めていく心臓を持っている。——W.G.ゼーバルト『土星の環 イギリス行脚』 崩落する記憶 「イギリス行脚」といいながら、実のところ彼はどこを旅していたのだろ…

『空襲と文学』W.G.ゼーバルト

[歴史の天使] W.G.Sebald "Luftkrieg und Literatur",2003. 空襲と文学 (ゼーバルト・コレクション)作者: W.G.ゼーバルト,鈴木仁子出版社/メーカー: 白水社発売日: 2008/09/29メディア: 単行本 クリック: 19回この商品を含むブログ (11件) を見る 「ただ瞼…

『コレラの時代の愛』ガブリエル・ガルシア=マルケス

「人の心というのは分からないものだな」——ガブリエル・ガルシア=マルケス『コレラの時代の愛』 愛はただ愛であり 恋愛は精神疾患であるとつねづね思っているが、このまったく理不尽な感情の渦は、もしかすると熱病に近いのかもしれない。 舞台は熱病うずま…

『彫刻家の娘』トーベ・ヤンソン

仲間というものは、つぎの日にもういちど言う価値があるような気のきいた話はしない。パーティーで大事な話をするべきではないことくらいはわきまえている。——トーベ・ヤンソン『彫刻家の娘』 茂みの奥から 「十歳の少年というものは、自分の膝を事細かによ…

『老首長の国 ドリス・レッシング アフリカ小説集』ドリス・レッシング

「不公平だ」彼は言った。「不公平だよ」 「やっと気づいたのか、白んぼ?」ダークが言った。——ドリス・レッシング「アリ塚」 見えぬ心 かつてアフリカが「暗黒大陸」と呼ばれたのは、その見えなさのためだった。西欧人たちはジャングルを切り開き、土地を奪…

『若い藝術家の肖像』ジェイムズ・ジョイス

そうだ! そうだ! そうなのだ! ——ジェイムズ・ジョイス『若い藝術家の肖像』 決定的な瞬間 どうしようもなく世界と折り合いがつかないなら、世界と自分どちらがまちがっているのかがわからないなら、『若い藝術家の肖像』を読むといいかもしれない。 本書…

『ディフェンス』ウラジミール・ナボコフ

ぼんやりした感嘆の念とぼんやりした恐怖を覚えながら、なんと不気味に、なんとあざやかに、なんと柔軟に、一手一手、少年時代のイメージが反復されてきたか(田舎……学校……叔母)を彼は知り、それでもまだ、どうしてこの手筋の反復が魂にこれほどの恐怖を呼…

『聖母の贈り物』ウィリアム・トレヴァー

雨だってたくさん降る土地柄なのだが、この土地をこの土地らしくしていたのは、雨よりも霜よりも、とにかく風だった。 ーーウィリアム・トレヴァー「丘を耕す独り身の男たち」 受け継がれる トレヴァーは「過去の重さ」を描く作家だと思う。人がなにかを思い…

『アウステルリッツ』W.G.ゼーバルト

写真のプロセスで私を魅了してやまないのは、感光した紙に、あたかも無から湧き上がってくるかのように現実の形が姿を現す一瞬でした。それはちょうど記憶のようなもので、記憶もまた、夜の闇からぽっかりと心に浮かび上がってくるのです。ーーW.G.ゼーバル…

『眩暈』エリアス・カネッティ

これほどの大金と、これほどの少量の理性とくれば、襲われて奪われるのが関の山。 気狂いとはおのれのことしか考えぬ者の謂である。——エリアス・カネッティ『眩暈』 頭脳なき世界 圧倒的な狂気である。 「眩暈」などという、そんな控えめな言葉では、とうて…

『代書人バートルビー』ハーマン・メルヴィル

徐々にわたしは、代書人に関してわたしにふりかかったこれらの災難が、すべて悠久の過去から予定されていた運命で、バートルビーはわたしのごときただの人間風情には測り知れぬ全知の神の不思議な何かの思し召しから、実はわたしのところに割り当てられたの…

『夜になるまえに』レイナルド・アレナス

「覚えておくんだよ、わたしたちは言葉によってしか救われないってこと。書くんだ」——レイナルド・アレナス『夜になるまえに』 絶叫する生 夜とは、灯りが消えてものが書けなくなる時間であり、一度行ったらもう永遠に戻れない深淵のことである。キューバの…

『塩の像』レオポルド・ルゴーネス

というのも、これは疑いもなく、世にも稀な光景だからである。白熱した銅の雨! 炎に包まれる街! ——レオポルド・ルゴーネス『塩の像』 黙示録の光 先日の飲み会で、「バベルの図書館」の話が出たので、「バベルの図書館」シリーズについて書こうと思う。「…

『灯台へ』ヴァージニア・ウルフ

波音は、たいていは控えめに心を和らげるリズムを奏で、夫人が子どもたちとすわっていると、「守ってあげるよ、支えてあげるよ」と自然の歌う古い子守唄のようにも響くのだが、また別の時、たとえば夫人が何かの仕事からふとわれにかえった時などは、そんな…

『響きと怒り』ウィリアム・フォークナー

[臓腑のような独白] William Cuthbert Faulkner The Sound and Fury,1929. 響きと怒り (上) (岩波文庫)作者: フォークナー,Faulkner,平石貴樹,新納卓也出版社/メーカー: 岩波書店発売日: 2007/01/16メディア: 文庫購入: 1人 クリック: 24回この商品を含む…

『アラン島』J.M.シング

石積みのてっぺんから見渡すとほとんどすべての方角に海原が見え、北と南には海の彼方に連なる山並みが見える。見下ろせば東の方に集落があり、家々のまわりで立ち働いている赤い人影が見える。ときどき、会話や島の古い歌のきれはしが風に吹きあげられて、…

『アイルランド・ストーリーズ』ウィリアム・トレヴァー

[ああ、アイルランド] William Trevor Irerand Stories. アイルランド・ストーリーズ作者: ウィリアム・トレヴァー,栩木伸明出版社/メーカー: 国書刊行会発売日: 2010/08/27メディア: 単行本購入: 4人 クリック: 42回この商品を含むブログ (18件) を見る そ…

『夜のみだらな鳥』ホセ・ドノソ

外に5日間いて、ぼくは生きることへの興味を失った。ある詩人が言っているよ。『生きる? 生きるだと? なんだ、それは? そんなことは召使にやらせておけ』って。ーーホセ・ドノソ『夜のみだらな鳥』 楽園という名の冥府 『夜のみだらな鳥』を読んでいる最…