ボヘミアの海岸線

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2022-02-01から1ヶ月間の記事一覧

『アフター・クロード』アイリス・オーウェンス|世界に負け戦を仕掛ける

「あなた絶望的よ、防戦一方で。恐れていたよりビョーキだわ。」 ――アイリス・オーウェンス『アフター・クロード』 文学にはしばしば、孤軍奮闘で世界に抵抗し、戦いを挑む人間が登場する。カミュが描いたカリギュラは不可能に抗って理不尽をきわめ、リチャ…

『心経』閻連科|聖俗が入り乱れる宗教カオス

共産党はキリストの弟子だということを知っているかい? ――閻連科『心経』 多くの現代日本人は、宗教のことなどわからない、と言う。一方で、クリスマスと仏教式葬式とお参りを熱心に行う。不確かな未来を生きるための指針として、占いは大人気コンテンツで…

『断絶』リン・マー|疫病世界で追憶するゴーストたち

思い出は、さらに思い出を生む。 ーーリン・マー『断絶』 世界中に広がる疫病、きわめて高い感染率、治療薬なし、ゾンビ化して死ぬ感染者、廃墟と化する都市、生き残りたちのシェルター退避。 こんな設定の小説といえば、ハリウッド映画のようなアポカリプス…

『ゼアゼア』トミー・オレンジ|都市インディアンよ語れ、その身にうけた虐殺を

銃弾と成り行きはさまよい、今もまだ不意をついてわたしたちの身体に降りかかる。 ーートミー・オレンジ『ゼアゼア』 銃弾によって開幕し、銃弾が重要な役割を果たす小説『ゼアゼア』は、小説そのものも銃弾のようだ。 銃弾のような言葉には、信念、理想、怒…

『王の没落』イェンセン│国の命運を左右する、屈指の優柔不断

溌剌とした元気はホラ話をしたり人を威嚇する時によく発揮され、人間の最高の威力は、とてつもない嘘をつくときに発現するのだ。人は自己の生命力が最高点に達した時点で、他人を殺さなければならない。生が人を殺すのだ。 ーーイェンセン『王の没落』 『王…

『消失の惑星』ジュリア・フィリップス │閉ざされた土地、痛みの波紋

あなたがもっといい親だったら、もっと注意していれば、もっと親としての自覚を持っていれば、娘はいまも一緒にいたのだと自分を責め続けるのは――ただ自問するのではなく――どんな気分ですか? どうすれば生きていけますか? ーージュリア・フィリップス『消…

『星の時』クラリッセ・リスペクトル|自分が不幸だと知らない少女

彼女には能力がなかった。人生を送る能力が。うまくやっていく力がなかった。 ーークラリッセ・リスペクトル『星の時』 「あの人は純粋無垢だ」「無垢な人が好き」という表現には、言外に、どこか不穏な気配が宿る。 嘘をつかず、疑うことを知らず、世界と他…

『逃亡派』オルガ・トカルチュク│動け、進め、行くものに祝福あれ

「家、どこにあるか覚えてる?」 「覚えてるわ」アンヌシュカは言った。「クズネツカヤ通り四十六番地、七十八号室」 「それ、忘れなよ」 ーーオルガ・トカルチュク『逃亡派』 10代の頃からずっと、「逃亡」へのゆるやかなオブセッションを抱え続けている。 …