ボヘミアの海岸線

海外文学を読んで感想を書く

2021-05-01から1ヶ月間の記事一覧

『ロマン』ウラジミール・ソローキン|小説世界は激震する

「お前が好きだ!」彼は言った。 「あなたはわたしのいのちよ!」彼女が答える。 ーーウラジミール・ソローキン『ロマン』 ソローキン初期代表作のひとつ『マリーナの三十番目の恋』を読んだので、10年ぶりに、初期代表作『ロマン』を読もうと思い立った。 1…

『風船』ペマ・ツェテン|伝統と現代がせめぎあうチベット

「あなた、すでに三人も子供がいて、またもう一人産むつもり? 私たちチベットの女は、男のために子供を産むために生まれてきたわけじゃないのよ。」 −−ペマ・ツェテン『風船』 10年以上前の夏の日、チベットへ行こうと思い立ってから、青蔵鉄道に乗ってラサ…

『アルマ』J.M.G. ル・クレジオ|絶滅した鳥、失われゆく記憶

どこにだって行こう、なんでも見たい、たとえ見るべきものだとたいして残っておらず、あたかも水没した墓碑に書かれたような地図上のこうした名前、日一日と消えていく名前、時の果てへと逃れていく名前のほか何もないとしても。 −−J.M.G.ル・クレジオ『アル…

『わたしの日付変更線』ジェフリー・アングルス|言語の境界に立つ

書き終えた行の安全圏から 何もない空白へ飛び立つ改行 −−ジェフリー・アングルス『わたしの日付変更線』「リターンの用法」 ジェフリー・アングルスは、英語を母国語として、日本語で詩を書く詩人だ。 ふたつの国、ふたつの言語の境界に立つ詩人の言葉は、…

『ラガ 見えない大陸への接近』J.M.G.ル・クレジオ|失われた島々の断片

ラガでは、人はつねに創造の時の近くにいる。 …堕罪や現在を、メラネシア人が本当は気にしていないということは、よく感じられる。かれらは、より幻想的なものとより現実主義的なものの、同時に両方でありうるのだ。 −−ル・クレジオ『ラガ 見えない大陸への…

『眠れる美男』李昂|一方通行の性欲が行き着く果て

極めて微妙な―― 身震い。 (どうして身震いなのか!) ああ! 服の上からではなく、この荒々しい大きな手で裸身を隅々まで…… −−李昂『眠れる美男』 「小鮮肉=ヤング・フレッシュ・マッスル」 という衝撃的な中国語を知ることになった本書は、川端康成『眠れ…

『見えない人間』ラルフ・エリスン|僕を見てくれ、人間として扱ってくれ

「僕を見てください! 僕を見てくださいよ!」 ーーラルフ・エリスン『見えない人間』 感情と尊厳を持つひとりの人間として扱われたい。おそらく誰もが持つであろう願いだが、実現は思いのほか難しい。人種、性別、特徴、そのほかさまざまな理由で、人や社会…

『ビリー・リンの永遠の一日』ベン・ファウンテン|戦争エンタメとパリピ愛国者

「あんたたちこそがアメリカなんだ」 俺たちのことをクソみたいに感じさせてくれてありがとうございます、軍曹様! ーーベン・ファウンテン『ビリー・リンの永遠の一日』 『ビリー・リンの永遠の一日』は、アメリカ特盛トッピング全部乗せみたいな小説だ。 …