ボヘミアの海岸線

海外文学を読んで感想を書く

2012-07-01から1ヶ月間の記事一覧

『ウンベルト・サバ詩集』ウンベルト・サバ|坂の上のパイプ

このことを措いてほかには なにひとつ愛せず、わたしには なにひとつできない。 痛みに満ちた人生で、 これだけが逃げ道だ。――ウンベルト・サバ「詩人 カンツォネッタ」 坂の上のパイプ 数年ぶりにもういちどサバの詩集を読みかえしたとき、ふせんをつけたペ…

『ヴェネツィア 水の迷宮の夢』ヨシフ・ブロツキ―

総じて、愛というのは光速で現れ、そして別離は常に音速でやってくる。 ——ヨシフ・ブロツキ―『ヴェネツィア 水の迷宮の夢』 追憶の水路 迷子になりたい、行方不明になってしまいたいという思いがいつからめばえたのか、もう今となっては思い出せない。自分を…

『リチャード二世』ウィリアム・シェイクスピア

私の栄誉、私の権力はあんたの自由になっても、 私の悲しみはそうはいかぬ。私はまだ私の悲しみの王だ。——ウィリアム・シェイクスピア『リチャード二世』 悲しみの王 リチャード二世は、不思議な印象を残す王だ。シェイクスピアの史劇における王は、廃位の運…

『野性の蜜 キローガ短編集成』オラシオ・キローガ

「これは蜜だ」体の奥から食欲が涌きあがってくるのを感じながら、公認会計士は独りごちた。「蜜のいっぱい詰まった、蜂の巣房に違いない……」――オラシオ・キローガ「野性の蜜」 飲み干す死 作家が死をどうとらえ、どう描くかが気にかかる。シェイクスピアは…

『遊戯の終わり』フリオ・コルタサル

大きくカーブした線路が家の裏で直線に変わるそのあたりが、わたしたちの王国だった。——フリオ・コルタサル『遊戯の終わり』 異界への落下 夏になると南米文学に手がのびるのはここ数年来の習性で、モヒートを飲みながら南米の短編をつまむことを、夜な夜な…

『事の次第』サミュエル・ベケット

聞いたとおりにわたしは語るそれから死もし死がいつかは来るものならそれでかたづく死んでいく——サミュエル・ベケット『事の次第』 狂人の脊髄 これは奇書ですよ、といって手渡された。 一時期、探しまわっていたのだが、あまりに見つからないので、わたしの…