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キリキリソテーにうってつけの日

海外文学/世界文学の感想ブログ。

『忘れられた巨人』カズオ・イシグロ

イギリス文学 ☆☆☆

「しかし、霧はすべての記憶を覆い隠します。よい記憶だけでなく、悪い記憶もです。そうではありませんか、ご婦人」
 
「悪い記憶も取り戻します。仮に、それで泣いたり、怒りで身が震えたりしてもです。人生を分かち合うとはそういうことではないでしょうか」
カズオ・イシグロ『忘れられた巨人』

埋められた記憶

人間はなぜこうも傷つきやすい生き物なのだろうか。生物としてはもはや非合理といえるほどあっけなく、われわれ人類はささいなことで傷つき、痛みを抱えて苦悶する。

一方で、人間はなぜこうも忘れやすい生き物なのだろうか、とも考える。あの日の燃える喜びも空の青さを呪う激痛も、そのままに抱え続けられる人は多くない。しかしだからこそ人間は、傷つきやすいというこの致命的な長所を抱えながらも生き延びられたのだ、とも思う。

忘却は喪失でもあり、恩寵でもある。

忘れられた巨人

忘れられた巨人

本書『忘れられた巨人』は、忘れたい記憶、忘れたくない記憶の物語である。

舞台は6世紀ごろのイングランド。伝説の王者アーサー王が死んでまもないころで、世界はつかのまの穏やかさの中にあった。いがみあっていた先住部族のブリトン人と、海の向こうからわたってきたサクソン人は、異文化の小競り合いをくりかえしながらも共存していた。

このイングランドには、いくつか変わったことがある。まず、妖精と鬼と竜がいる。そして、人々は数日前のことを思い出せない病にかかっていた。

老夫婦アクセルとベアトリスもまた忘却の病にかかっていたが、まわりの村人よりは過去を思い出すことができた。彼らは忘れかけていた息子に会いにいくことを思い立ち、息子の村へ旅に出る。


この夫婦の旅行が、じつに見ていて不安になる。そもそも息子がいることすら忘れかけていた老人たちが、記憶だけを頼りに「大丈夫かおまえ」「大丈夫よあなた」と掛け合いながら、行ったことがない村を訪れようとするのだ。木の棒だけを装備して魔物が住む荒野に出るようなものである。

アクセルがずば抜けているのは愛妻能力だけだ。どんなときでもベアトリスに「お姫様」と呼びかけ、騎士のように自分のお姫様に仕えるが、老人なのでだいたいよろよろしている。あんのじょう、鬼や魔物っぽい犬(カズオは魔物を描くのに向いていない)に襲われるなどの災難にみまわれるが、アーサー王の騎士ガウェインや屈強な戦士ウィスタンがさっそうとやってきて助けてくれる。

「……この国は健忘の霧に呪われている、って言い始めて……。これ、わたしたち自身がよく話題にしていることじゃなくって? で、最後に、『分かち合ってきた過去を思い出せないんじゃ、夫婦の愛をどう証明したらいいの?』って。あれからずっと考えてきて、いまでもときどき考えるけど、そのたびにとても怖いの」

旅の途中で彼らは記憶を奪う原因を知り、自分たちの記憶を取り戻したいと願うようになる。

記憶を取り戻したい理由は、愛のためだ。自分たち夫婦が共有してきた過去を思い出したい。そしてふたりの愛が昔から変わらぬものであったことを確信したい。

「真実に愛し合っている夫婦だけがふたりで渡れる島」の話を渡し守から聞いてから、ふたりはなおいっそう、自分たちの愛が島に渡れるほど強いものであることを確かめたい、という思いを強める。

故郷のためでも、民族のためでもなく、彼らは彼らふたりのために、国中をおおう忘却の霧をはらうことを望む。

「取り戻せるさ、お姫様。全部、取り戻せる。それに、おまえへの思いは、わたしの心の中にちゃんとある。何を思い出そうと、何を忘れようと、それだけはいつもちゃんとある。おまえもそうじゃないのかい、お姫様」
 
「ええ、アクセル。でもね、わたしたちがいま心に感じていることって、この雨粒のようなものじゃないかしら。空は晴れて、雨はもうやんでいる。なのに雨粒はまだ落ちてくる。それはさっきの雨で木の葉がまだ濡れているからでしょう? 記憶がなくなったら、わたしたちの愛も干上がって消えていくんじゃないかしら」

無邪気な老夫婦は、忘却を喪失と考える。だが、忘却は恩寵でもある。思い出したくない過去、思い出すべきではない過去、恨み、後悔、嫉妬という毒を抱え続けて生きられるほど、人間は強くない。痛みと復讐心を抱え続けようとするならば、傷は倦み、人はやがて鬼になる。

「考えてください。アクセル殿が心を痛めておられるサクソンの少年たちは、やがて戦士となり、今日倒れた父親の復讐に命を燃やしていたはず。少女らは未来の戦士を身籠ったはず。殺戮の循環は途切れることがなく、復讐への欲望は途絶えることがありません」

「かつて地中に葬られ、忘れられていた巨人が動き出します。遠からず立ち上がるでしょう」

あえて21世紀にわざわざ書く物語だろうか、というのが最初の印象だった。疑問がわく。「巨人」は埋められ、忘れられているのだろうか? 「巨人」は掘り起こされたら、そのまま目覚めるものなのだろうか? 

確かに凄惨な闘争の結果、多くの怨恨や悲しみは残る。だが、麻酔なしで手術中ずっと目を開けていられる人などほとんどいないように、人間はそもそも痛みを抱え続けて生きることを根本的に志向しない生き物なのだと、わたしは思う。恨みを抱え続けることは非常につらく、体力がいる。怒りよりも悲しみが先に立つ人だって多い。

むしろ埋められ、忘れられていた恨みや怒りが目覚めた、というよりは、人々の不安と不満のはけ口として人造の「巨人」をこねあげて、さも「昔から存在していた」かのようにプロパガンダを展開したのが20世紀ではなかったのか。ましてや21世紀の現在、人々は国境を越えた「思想」に集まり、「国境」「国家」「民族」は解体されていっている。

21世紀になったいま、私には、この物語がひどく時代遅れに思えてならない。、カズオ・イシグロは、幻想世界をつかって戦争の火種をあぶりだそうとしたのだろうが、戦争の火種そのものへの姿勢と視点に疑問が残る。


"Buried Giant"というタイトルから察するに、おそらく彼は人間よりも大きな"巨人"のことを描きたかったのだろうと思うが、題名がめざすものを描ききれず、個人の話に収束した印象を受ける。民族紛争という集団の記憶と、夫婦が共有する思い出という個人の記憶、ふたつの「停止した時間」を扱っているが、柴田元幸が「米文学は荒野をめざし英文学は家庭の団欒に向かう」*1といったように、カズオ・イシグロの視点も世界からはずれて個人へと向かっている。

本書は、セカイ系の老齢ラブクエストとして読むのがいちばん楽しめるように思える。ベアトリスは寂しがり屋の小悪魔で、アクセルは物語いちばんの苦労人だ。女は怖いよ、お姫様。

「アクセル、置いていかないでね。わたしを忘れないで」

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カズオ・イシグロは無謀にもこの有名すぎる物語を下地にしたが、あくまで枠組みだけを使っただけでほとんど沿ってはいない(ガウェインのひどさを見よ)。アーサー王伝説そのものはおもしろいし英国文化の基礎なので、読んで損はない。アーサー王の悲しき中間管理職ぶりがすごいよ。
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英国やアイルランドスコットランドの小説にはケルト文化がある。わたちたちがいま「ファンタジー」として親しんでいる妖精や鬼などの多くはケルト文化由来のものが多い。今回『忘れられた巨人』に登場した島もまた、ケルト文化のひとつである。

Appendix:『忘れられた巨人』を読むための予備知識

『忘れられた巨人』は英国の文化や歴史がもとになっていて、その多くは語られていない。そのため、本書に関連する予備知識をざっくりとまとめてみた。本書の内容に言及しているため、未読の方はお気をつけください。

ブリトン人、サクソン人

5世紀には、グレート・ブリテン島にはブリトン人、ピクト人、スコット人、アングル人、サクソン人などの民族が混在していた。ここでは、『忘れられた巨人』に登場する2つの部族についてまとめる。

端的にいえば、もともと住んでいた部族と、海の向こうから侵入してきた部族との対立である。結果的に、イングランドブリトン人は滅ぼされ、ケルト系民族はグレート・ブリテン島の北部スコットランドや西部のウェールズアイルランドに生き残った。

ハドリアヌスの城砦

いまでこそ「大英帝国」という名を持つグレート・ブリテン島だが、ヨーロッパにおいては長く忘れられた荒野であった。世界のすべてを併呑し、世界中にローマ人の石碑を打ち立てようとしていたローマ帝国ですら、途中で諦めて引き返したほどなにもない土地だった。ハドリアヌスの城砦は、ちょうどグレート・ブリテン島の真ん中ほどにあって、南北をわける事実上の国境であった。
『忘れられた巨人』の舞台は城砦より南のイングランドで、城砦の内側でブリトン人はローマ人と共存しながら影響を受けてきた。やがて彼らは、大陸からわたってきたサクソン人と戦い、敗退することになる。

アーサー王

アーサー王伝説は、本当にアーサー王がかわいそうで泣ける。王冠を抱いた偉大なる中間管理職とは彼のことだ。部下の騎士たちは喧嘩っぱやいし、王妃と腹心の部下は不倫をするし、哀れなことこのうえない。
本書関連でいえば、アーサー王ブリトン人であり、部族意識が強くてなかなかまとまろうとしない(それゆえ力が分散されて弱い)ブリトン人をそのたぐいまれな統率力でまとめあげ、侵入してきた"蛮族"サクソン人を退けた、とされている。アーサー王が英雄とされるのは、負け戦であったブリトン人を勝利に導き、つかのまの平和を築いたからだ。『忘れられた巨人』はアーサー王が死んで、かつて負けたサクソン人が再び反撃に出様としていた時期の物語である。

ガウェイン

ランスロットと並んで有名な、円卓の騎士。アーサー王の甥である。「すべての女性が望むものはなにか」という問いに答えた「ガウェインの結婚」、全身緑の騎士とどきどき首切りゲームをする「ガウェイン卿と緑の騎士」が有名。本書に突然、ガウェインが出てきたときには面食らった。村上春樹の小説で突然、坂本龍馬が出てきたような驚きに近いのではないだろうか。
ところで本書のガウェイン卿はものすごくうさんくさい。彼の愛剣も愛馬も「アーサー王伝説」と異なるし、「独身だ」といっていることから、ガウェインに憧れるどこかの騎士、英国版ドン・キホーテなのではないかと思っている。

本書には、「本当に愛し合っている夫婦がふたりでたどりつける島」が登場する。「島」とはケルト文化では死者の国のことを指すことが多い。ケルト神話のマグ・メル(喜びの島)、アイルランドの始祖が向かった水底の島ティル・ナ・ノーグ(常若の国)、アーサー王が瀕死のときに流されたアヴァロン(林檎の島)など、ケルト物語には死者が向かう楽園としての物語がしばしば登場する。これを知った後で『忘れられた巨人』の最終章をどう読むかは、読者にゆだねられている。




Kazuo Ishiguro "The Buried Giant",2015.

*1:柴田元幸翻訳叢書『ブリティッシュ&アイリッシュ・マスターピース』スイッチ・パブリッシング、2015年。