キリキリソテーにうってつけの日

海外文学/世界文学の感想ブログ。

『いちばんここに似合う人』ミランダ・ジュライ

あなたは悪くない。もしかしたらそれは、わたしがずっと誰かに言ってあげたかった、そして誰かに言ってほしかった、たった一つの言葉なのかもしれなかった。 ミランダ・ジュライ「共同パティオ」

孤独の黒歴史

なぜわたしはわたしの人生の主人公なのに、こうもうまくいかないのだろう。運のせいだし、占いの結果が良くなかったからだし、残りのすべては社会と別れた恋人のせいだ。どうしてだろう、ほかの人はみんな幸せそうなのに。わたしは悪くない。君は悪くない、すべて受けとめる、愛していると言ってほしい。イケメンに優しくしてほしい。結婚したい。ぬこかわいい。

いちばんここに似合う人』を日本ぽく表現してみると、こんな感じになるだろうか。孤独を感じるすべての人の心をえぐりにかかってくる短編集である。天井知らずの理想と自意識と、みすぼらしくひとりぼっちの自分というこの耐えがたい落差を、ジュライは容赦なくあばいてさらけ出す。

いちばんここに似合う人 (新潮クレスト・ブックス)

いちばんここに似合う人 (新潮クレスト・ブックス)

おめでとう、あなたはテストをパスしたのよ、そうぜんぶテストだったんだ、みんなふりをしていただけ、人生は本当はもっとずっといいものなんだよ。

短編それぞれの主人公たちの現実は、だいたいが2日前のごはんのようにかたく冷たく、物悲しい。だけど夢と理想はある。美しく光にあふれ、皆から尊敬されて受け入れられ、愛に満ちた生活だ。

彼らは灰色の世界で、虹色の夢を見る。「水泳チーム」の女性はプールに入ったことがない老人3人に床の上で水泳を教える。そこでは老人3人は素晴らしい水泳選手だし、彼女は敏腕の水泳コーチだ。「マジェスティ」の老女は、美しい英国王子とどうやって自然にパブで知り合い、口説かれるかをシミュレーションする。あふれ出る性欲は妹とのテレフォンセックスで解消するのが現実だが、人知れず妹を殺せるなら殺したいと思っている。「その人」は妄想どまんなかで、みんなから祝福されて人生のつらさがすべてむくわれるピクニックを幻視する。「妹」に出てくる老人は、なぜか醜く腹の出た自分が美しい少女と恋人になれると信じて疑わない。「2003年のメイク・ラブ」はアメリカ乙女版の邪気眼で、読んでいて激痛が走る。

もちろん現実逃避は基本戦略だ。ZENやカウンセリングなどアメリカ人王道の手法もあれば、「同じ言葉を七千回くりかえし書いて時間の流れを変えよう」とするなど、妙になつかしい気がするものまで幅広い。

いたたまれない沈黙が、部屋に流れた。わたしは窓の外を見て、頭の中で“窓”という言葉をくりかえした。窓、窓、窓、窓、窓……永遠に続けるつもりでいたら、ピップが突然いった。

ドン・キホーテは異常な妄想力をもって徒手空拳で世界になぐりかかったが、彼らはドン・キホーテではない。やはり現実はそう甘くなくて、主人公たちは現実に平手打ちをかまされて呆然とする。

だけど心から打ちのめされる人たちはほとんどいない。理想とかけ離れた醜く精彩を欠いた世界に首根っこをつかまれ、こっちをちゃんと見ろとすごまれても、彼らは現実をやっぱり受け入れず、でもちょっとだけ和解する。だからだろうか、これほど激痛が走る物語なのに、救われるような心地にすらなる。特に「モン・プレジール」「あざ」は憑き物が落ちたかのような解放感があった。オチのひどさでいえば「妹」がだんとつだ。

みんなこの世界で自分は一人ぼっちで、自分以外は全員がすごく愛し合っているような気がしているけれど、でもそうじゃない。

孤独とさみしさと怒りーーそれは自分にも世界にも向けられるものだった——に押しつぶされそうになっていた頃の日記を読んでいるかのような小説だった。埋葬したはずなのに埋葬しきれなかった自我が、灰色の墓の下から手をのばしてくる。極彩色にまみれた、孤独の黒歴史のパレード。

求めるものは与えられない。恩恵も幸運もない。だけど、そのひりつく痛みを抱えながら生きていくしかないのだ。理想と現実の落差に折り合いをつけられない、夢見る人への劇薬。

これで終わり、と思った。今度こそわたしは独りだ。確かめるためにもう一度だけ振り返った。イエス


 

収録作品

気に入った作品には*。

  • 「共同パティオ」*
  • 「水泳チーム」**
  • 「マジェスティ」*
  • 「階段の男」
  • 「妹」**
  • 「その人」*
  • 「ロマンスだった」
  • 「何も必要としない何か」*
  • 「わたしはドアにキスをする」
  • 「ラム・キエンの男の子」
  • 「2003年のメイク・ラブ」*
  • 「十の本当のこと」
  • 「動き」*
  • 「モン・プレジール」*
  • 「あざ」**
  • 「子供にお話を聞かせる方法」*

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ゴーストワールド [DVD]

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最初に思い浮かんだのは本ではなくこれだった。ミランダ・ジュライは映像も作っているからだろうか。

  • セルバンテス『ドン・キホーテ』……「自分はヒーロー」という強烈な妄想により世界に出たところで普通は打ちのめされるだけなのだが、われらがドン・キホーテはめげない。圧倒的妄想力だけを武器としたへなちょこみすぼらしいヒーロー。愛さずにおれない。


 
Miranda July "No One Belongs Here More Than You: Stories ", 2007.