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キリキリソテーにうってつけの日

海外文学/世界文学の感想ブログ。

『ヘンリー五世』ウィリアム・シェイクスピア

王の責任か! ああ、イギリス兵一同のいのちも、
魂も、借金も、夫の身を案じる妻も、こどもも、
それまでに犯した罪も、すべて王の責任にするがいい!
おれはなにもかも背負わねばならぬ。

——『ヘンリー五世』ウィリアム・シェイクスピア

王冠を戴く人柱

 この世をつつがなく生きるには、正気の計測器を意図的あるいは無意識に鈍らせることが必要で、計測器の精度が高い人、狂わせるには誠実である人が、いつだって人柱になるようにできている。正気で誠実であるほど、世界の矛盾と不条理を目の当たりにして気が狂う。だが、正気を手放したくとも、手放せない立場の人がいる。最も公正明大で誉れ高い、王冠を戴く人柱の物語。

 父王『ヘンリー四世』の治世には、かつて放蕩王子として好き勝手気ままに生き、愛すべき悪辣百貫でぶフォールスタッフとともに盗賊をやっていたハル王子は、父王ヘンリー四世の死とともに悪友たちを切り捨て、非の打ちどころがないヘンリー五世として君臨した。その変貌ぶりは長く仕えている臣下にとっても晴天の霹靂だったようで、「あのように突然、英知を身につけた学者が誕生したことはかつてなかったし、あのようにたちまち、改悛の情が満ちあふれ、逆巻く怒濤となって悪徳を押し流したこともかつてなかった」と述べている。

 かつてのハル王子の悪知恵と悪口は素晴らしいものだったが、いまやユーモアは完全に影をひそめ、つるつるとした丸く白い球体のような英雄気質に取って代わられている。ここまでくると、ハル王子は宇宙船にさらわれて何かしら施術されたと考えるのが自然だが、14世紀のイングランドでは誰もそうは言わない。フランスとの百年戦争*1まっただなかにあった英国は、英雄と名君を望んでいた。


 シェイクスピアの史劇では、戦争と王権の交代が見せ場として描かれる。英国の栄えある伝統芸としてこれまで続いてきた、血で血を洗う身内争いは影をひそめ、本劇ではフランスが敵として登場する。当時、フランスに領地を持っていたイングランドは、フランスと飛び地を取り合っていた。ヘンリー五世はフランスの領土の一部を要求するが、フランス皇太子から返礼としてテニスボールを送られた無礼に怒り、宣戦布告する。かつてのハル王子なら、テニスボールで100もの悪巧みをフォールスタッフとともに考え出しただろうが、王は侮辱のかわりに剣を取る。

 当時のフランスは内紛まっさかりで、イングランドが優勢だった。英雄が劇的な勝利をおさめるその姿は、劇で観たらさぞ盛り上がるのだろう。英雄の行動は士気を高め、それを眺める観客の心をも踊らせる。一方で、『ヘンリー五世』には暗い影が横切る。サー・フォールスタッフの死がさらりと語られ、かつての陽気さをなつかしむ声がこだまする。

ピストル
元気を出すんだ、バードルフ、ニムも陽気な気分を出せ、
勇気をふるい起こせ、小僧。フォールスタッフは死んだんだ、
これが泣かずにいられるか。
バードルフ あの人といっしょにいたいなあ、あの人のいるところが天国だろうと地獄だろうとかまわんから。

 ヘンリー五世は、名君として誉れ高い王であり、フォールスタッフとユーモア合戦を繰り広げられるほど頭が切れた。だからこそ、彼は王冠の価値——無価値が見えていた。正しく使おうとすればするほど、王冠の宝石は重くなり、その重力で身動きできなくなる。父親が死んだときからハル王子があれほど豹変したのは、責任に目覚めた、天啓によりおのれの行為を悔い改めたからではなく、黄金の栄光の向こうにある頭蓋骨の塔、かつての先祖たちの頭蓋骨が天まで積み重なってできた重圧が見えていたからではないか。ヘンリー五世はひとり嘆いて吠える。

一般庶民が享受しうる
無限の心の安らぎを、王はどのぐらい捨てねばならぬのか!
しかも、王がもっていて庶民がもっていないものといえば、
儀礼のほかに、形式的儀礼のほかに、いったいなにがある?
ところでおまえは、儀礼という偶像は、なにものだ?
どういう神なのだ、お前を崇拝するものたち以上に
この世の人間の苦しみをなめなければならぬとは?

 王は、力を持ち敬われる、孤独な人柱だ。王はただひとり王であり、この悲しみを分かち合う人はいない。人間らしい迷いやみっともなさ、滑稽さや心の機微を捨てるほどに英雄は英雄らしく、悲劇的に美しくなる。戦争に勝ち、美しい女性を見そめ(彼女を口説くときの王はユーモラスでよい)大団円で終わる英雄叙事詩であるのに、割れた爪のようになにかがひっかかり続けている。

William Sharekspeare"King Henry V", 1599.

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*1:百年戦争イングランドとフランスが、100年かけてのんびりと内紛しつつ戦争もしていた時代。1337年のエドワード3世によるフランスへの挑戦状から、1453年のボルドー陥落までとされる。