キリキリソテーにうってつけの日

海外文学/世界文学の感想ブログ。

『ブリキの太鼓』ギュンター・グラス

 なぜってオスカルよ、おまえだけがまことお伽のようで、おまえは過剰なほど渦巻模様にいろどられた角をもつ孤独な獣ではないか。——ギュンター・グラスブリキの太鼓

誰かの死に加担する

 ブリキの太鼓の音は、機関銃の銃声に似ている。胸を打つのではなく、心臓を射抜くこの音は、ときにいさましく、ときに不穏に、鼓膜の裏をたたく。

 永遠の3歳児オスカルがブリキの太鼓をたたきながら生きた、いびつで歪んだ30年の物語である。

 舞台は、第一次世界大戦第二次世界大戦ポーランドとドイツのあいだという、歴史と地理の空白に存在した不可思議な港町、自由都市ダンツィヒ*2

 ドイツ人の食料品店主である推定上の父親、少数民族カシューブ人の母親の子としてうまれたオスカル(このいかにもダンツィヒらしい生まれは、グラスと同じである)は、「大きくなったらこの子に店を継がせよう」という父親の言葉を聞いて、3歳児のままで成長をとめることを選ぶ。わざと階段から地下室へ墜落し、成長が止まったもっともらしい理由を手に入れてから、周囲の大人には罪悪感をまき散らす一方、自分はいっさいの成長とそれにともなう責任を放棄する。

 オスカルは、ブリキの太鼓をたたいて世界を叙述する。あきれるほどに饒舌だが、実際のところ、言葉らしい言葉はほとんどしゃべっていない。3歳児が意思を示すのは、ブリキの太鼓の音と、ガラスをふるわせて粉砕する魔法の声だけだ。大人がブリキの太鼓を取り上げようとするたび、オスカルはかん高い声をはりあげ、教師のめがね、宝石店のショーウインドウ、教会のステンドグラスをたたき割って、光の破片をまき散らす。

 そして、子供の特権——よけいな言葉を語らず、しがらみに拘束されない——を謳歌し、第二次世界大戦にむかって狂っていく世界、死んでいく人々を、老獪で冷徹な獣の目でじっと見すえている。

すべてが過去のものとなった今では、ぼくは知っている。戦後の熱狂はまさに熱狂にすぎず、二日酔いの猫を伴っていて、のべつニャオニャオ泣きながら、すべてが歴史になったのだと告げている。昨日はまだ行為なり悪行なりの初々しさと血の匂いをもっていたというのに、である。

「やつらはやってくる! 晴れの場を占領する! たいまつ行列をする! 演壇をつくり、演壇につめかけ、演壇からわれわれの没落を説き立てる。友よ、注意したまえ、演壇で何が起きるか! いつも演壇の上にいるようにして、決して演壇の前に立つなかれ!」


f:id:owl_man:20130428073503j:plain
*3

 
 放火魔をかくまう祖母の四重のスカート、馬の首をつかったウナギ漁、ラスプーチンゲーテの著作からえた教養、母をおいつめた魚を食べすぎる病、呪われた女の船飾り像に男根をつきたてながら斧をつきたてられて死んだ友人、火炎放射器と乱射攻撃の中で荘厳に立つトランプの家、ナチスの徽章を飲みこんで死んだ男、泣けない人が泣きにやってくる玉ねぎ酒場の話など、奇怪で愉快なエピソードが絨毯爆撃のように展開される。だが、ひとしきりの哄笑のあとには、黒い不穏が鎌首をもたげてくる。

 本能が、オスカルは不気味だと告げている。この居心地の悪さは、優しい言葉をかけてくるが目が笑っていない人に感じるそれと似ている。だがそれは、見た目が幼児で精神年齢が大人だから、という単純なわけでもない。むしろ、自分は特別な存在で悪いことをしてのけてきたという、ねじくれたこぶのように肥大した自己意識への嫌悪のほうが大きい。十代には誰もが持っているあの痛々しい自我から抜け出せずにこじらせた、大人になりきれない大きな子供の魂が、3歳児のからだにおさまっている。気味が悪いこと、このうえない。

 誰もがかわいそうな坊やとしてオスカルをあつかうが、彼は冷笑して見ている。しかし、オスカルと同じく成長をやめた短寸のサーカス団員、オスカルの唯一の師匠であるベブラ師だけは、オスカルの自意識を見抜いて喝破する。

 「大げさだね。焼きもちをやいて、死んだ母親を恨んでいる。……きみは置き去りにされたと感じている。きみは意地悪で、見栄ぼうだ。天才はつねにそういうものだがね!」


f:id:owl_man:20130428073454j:plain:right:w250
 *4

 オスカルを、したたかに生きる悪漢(ピカロ)としてあつかう批評があるようだが、はたしてオスカルは悪漢なのか。

 むしろ彼は悪漢になりたがっている男、断罪されたがっている男で、彼の語りは精神的なマスタベーションのようにわたしには思える。

 オスカルの周りでは、たくさんの人が死ぬ。母親、推定上の父親ふたり(どちらが本当の父親なのかは最後までわからない)、近所の大人、友人——これら多くの死にたいして、オスカルは、みずからが遠因となって死をまねいたというような言い方をする。

 どんなに哀れっぽい声であれ、黙っているわけにはいかないだろう。ぼくの太鼓、いや、このぼく、太鼓たたきのオスカルは、まず可哀そうな母を、それから父親、ヤンおじさんを墓へ送りこんだ。

 たしかに物語の中では、そうとも読める。だが、そう読まなくてもいい。彼が悪いことをしたと認めても、そんなことはないといっても、彼を断罪しても、それは彼の願いどおりとなる。わたしは、自分に酔っている人間にさらに酒をついであげるほど、お人よしではいたくない。
 

 おそらくみずからのうつし鏡であるオスカルを、よくぞここまで醜悪にグラスは描いたものだと、感心する。イエスが太鼓をたたかないからという理由で「オスカルこそ、まことのイエス」と絶叫し、愛する女の妊娠を、自分が手のひらをなめたから受胎したのだと信じこもうとするあたりは、狂気の沙汰だ。

 僕の舌は役立たず、十本の指も同じく役に立たなかったので十一番目の指の成長にゆだねた。このようにしてオスカルは第三の太鼓の撥を手に入れた——そのために十分の年齢だった。

 断罪されたがっていたのは、グラス自身だったのだろうか? 2004年に自伝『玉ねぎの皮をむきながら』で、第二次世界大戦中にナチスの武装親衛隊に所属していたことをあかしたこの作家は、50年近くずっとひとりでその秘密を抱えていた。

 グラスは、そして多くのドイツ人は、若者らしい無邪気さと、自分と家族で平和に暮らしたいという願いと、恐怖と熱狂によって、ナチスの小さな歯車となった。引き金をみずからひかずとも、数語の密告で、首をわずかにふって見てみぬふりをするだけで、人は人を死に追いやることができた。それは罪だったのか、罪ではなかったのか?

 戦後ドイツが抱えている沈黙、「自分は誰かの死に加担している」「足下には多くの屍が埋まっている」「直接、手をくださずとも人を殺した」という罪悪感をしらじらと描き出した本書は、おそらくドイツ人とそれ以外の人では、読み方がまったく異なるのではないかと思う。一般市民はその罪悪感を、ナチスと時代のせいにしようとした。そうでもしないと、狂ってしまうからだ。だが、オスカルはそうしなかった。だから狂った。

 
 ブリキの銃声で世界を蜂の巣にした無敵の3歳児は、みずからの武器を手放し、黒い料理女をおそれるあわれな男になり果てた。
 
 オスカルは最後、これまでの流れとは一見すると無関係な理由によって、裁判の壇上にのぼる。だが、それがすべてだ。世界は、オスカルを断罪するのか、しないのか。物語の終盤、突如として存在感を強烈に増していく「黒い料理女」はなんなのか。

 
 醜悪で自意識過剰で、けっして好きなタイプの物語ではないが、ここまで猥雑さがきわまると、いっそすがすがしい。すこし足がつかると不快な泥沼でも、全身で浴びてしまえばだんだん楽しくなるのに似ている。

 泥と罪にまみれて、あなたも真っ黒、わたしも真っ黒、黒い料理女はいなかった。ずっといたけどいないふりをしていた。でも、大事な武器を手放したら出てきた。そしてそこにいる。ずっといる。黒い料理女がやってくる! 撃て!


Günter Grass"Die Blechtrommel",1959.

recommend

*1:http://en.wikipedia.org/wiki/File:Gdansk_Bay_Borderlines_1939_English.svg

*2:ポーランドグダニスク第一次世界大戦後にヴェルサイユ条約によってドイツ領から切り離されて、どの国にも属さない自由都市となった。ドイツ語とポーランド語、カシューブ語が入り乱れる多民族都市。

*3:http://bit.ly/ZVSx1x

*4:http://en.wikipedia.org/wiki/File:Poczta_Polska_otwarcie_UP_Nr_3.jpg