キリキリソテーにうってつけの日

海外文学/世界文学の感想ブログ。

『男の事情 女の事情』ジョン・マクガハン

 「これを忘れたんでね」とバーテンの無言の質問に答えて言った。その小さな素振りひとつひとつを演じることが、痛みを和らげてくれるかのようだった。——ジョン・マクガハン「僕の恋と傘」

誰にも事情はある

 アイルランドの苦みに刺されたいと思う時期は、冬の底をたたいたころにやってくる。

 部屋にこもり、あたたかい料理と黒ビールで寒さから逃亡したい衝動とは裏腹に、心については寒空にごろりと放置して、しらじらと観察してみたくなる。おそらく人はこれを憂鬱と呼び、なぜわざわざ気分が落ちることをするのかと問うのだろうが、憂鬱は憂鬱のままに青くさせておけというのが最近の心情だ。

男の事情女の事情

男の事情女の事情

 『男の事情 女の事情』は、ジョン・マクガハンの短編集 "The Collected Stories" 全34編の中から15編を訳出したものだ。恋人や家族といった隣人との意識のずれを、アイルランドの土壌とからめて描く作品が多い。アイルランド文学を読んでいるとよく目にする「神父」「労働者」「パブ」「暴力」といったモチーフが、本書にもしばしば登場する。

 なかでも、カトリックの影響力はとりわけ目をひく。どこにでもあるような男女の睦言、家族の会話でも、カトリックの価値観と感覚がなければ出てこない言葉が、ぽろりとこぼれることがある。

 たとえば、アイルランド人男性にとって、「大学に進むか、神父を志すか」という選択肢はめずらしいものではないという(今もそうなのかはわからないが)。ジェイムズ・ジョイス『若い藝術家の肖像』においても、青年は神父の道を選ぶが、途中で放棄している。

 本書のはじめに収められている「ほかの男たちのように」では、神父になる道を放棄した男が登場する。これまで異性と接点のなかった男がパブで見つけた女性と一夜限りの関係を結ぶというシンプルな筋だが、背景にはアイルランドカトリックが重く立ちこめている。

 男と女はたがいに理解しにくい生き物だが、信条は関係をさらに難しくさせる。いや、むしろ単純になるのかもしれない。たとえ本能が相手を求めていたとしても、彼らは礼儀正しく、さびしいという言葉を飲みこんで手を離す。

 われの終わりはわれの始まりにある、かの男もかの女も、われも汝も。それは延び広がっているように思えた、空虚と同様完全に、結婚指輪と同様無限に。——「ほかの男たちのように」

 そう、誰にだって事情はある。それをお互いが尊重できるかどうかは別として。


 一方、アイルランドの苦しい経済状況と戦争の苦みを反映した作品もある。「朝鮮」は、父と息子の短い会話からなる短編だ。父は「アイルランドは仕事がないから、アメリカへ行って成功を手にしてほしい。そのための資金なら集めてやる」と息子に語る。だが、この言葉の裏には、残酷なもくろみがある。かつてアイルランド独立戦争で処刑のシーンを目撃したはずの父親が、どうしてこのような残酷な言葉を吐くのか、あるいは長年の疲弊がそうさせたのか。父親の言葉がうまれた背景を示唆するだけで、この短編はふつりと終わる。


 マクガハンの短編小説は、不思議ないびつさを持っている。過去の経緯や苦い記憶が押しこめられているかと思えば、こちらが驚くほど率直な表現をすることもある。寡黙だと思っていた人間が、いきなり自分の心情を吐露しはじめたときのような驚きだ。

 好みの話になるのだろうが、現代アイルランドの短編作家でいうなら、わたしはウィリアム・トレヴァーの方が好きだ。彼のじわりとした文章の流れは、短編小説よりも長編小説に向いているのかもしれない。またアイルランドの周期がやってきたら、こんどは『湖畔』を読んでみようか。


収録作品(気に入った作品には*)
  • 「ほかの男たちのように」**
  • 「僕の恋と傘」
  • 「神の御国へ」
  • 「ラヴィン」
  • 「クリスマス」*
  • 「鍵」*
  • 「朝鮮」*
  • 「オコジョ」
  • 「ストランドヒル、海岸通り」
  • 「行き違い」
  • 「信徳、望徳、愛徳」
  • 「ジョッコ」
  • 「車輪」
  • 「われわれの存在理由」
  • 「ワインの息」*

John McGahern"The Collected Stories",1992.

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