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キリキリソテーにうってつけの日

海外文学/世界文学の感想ブログ。

『さりながら』フィリップ・フォレスト

 一茶はすでに世界についてすべてを知っていた。その悪意、その無尽蔵の美しさ。——フィリップ・フォレスト<<『さりながら』

喪失の水盤

 この切実さはなにごとだろう。フォレストの文章を読みすすめるごと、そう思わずにはいられない。

 日本の作家、俳句、写真家、都市についてフランスの小説家が語るという、日本語の読者ならある種の好奇心と恐れを抱くであろう形式をとりながら、フォレストが語るのは異国としての日本ではなく、どこまでも個人的な物語である。

さりながら

さりながら

 俳人 小林一茶、小説家 夏目漱石、写真家 山端庸介、そしてフランス人の小説家 フォレスト。彼らをつなぐのは言語でも生業でも人生観でもなく、癒しがたい喪失の痛みだ。赤子を失った女と、男の痛み。その言葉は、紡ぐというよりはむしろ浸みだすという表現がふさわしく、寺の片隅にたたずむ水盤を思わせる。


 「ナント大学で文学の教鞭をとるフォレストは、シュルレアリスムやテル・ケルについて、また大江健三郎論をはじめ日本文学についての卓越した批評家であるとともに、すぐれた小説家でもある」*1

 紹介を見ると、フォレストは日本についての造詣が深いようだ。驚くべきは、翻訳の文章でありながら、日本ならではの憂いを帯びた湿気を感じたことだ。水のような悲しみがひたひたと、文字をにじませるかのように、文章からもれ出てくる。

 言葉が何を意味するのか、私にはよくわからない。しかし、書くことはこの数年間の私にとって、自分なりの仕方で忘却について考えることであり、忘却を広げることで、忘却のうちに愛の記憶だけを永遠に保持することだった。


 一茶、漱石にくらべて、山端の知名度は低い。しかし、むしろ印象に残ったのは山端の物語だった。山端庸介は、原爆が落ちた後の広島、長崎を歩き、写真を撮り続けた。使命感からではない、軍部からの命令だったからだ。しかし、はからずも惨劇の目撃者となった山端について、フォレストは一歩ひきながらも心を寄せる。

 証人について、フォレストはこう述べている。「自分の意思とは無関係に、都合の悪いことに、否応なしに見てしまい、その視線によって結びつけられてしまった恥や罪悪感に、極限まで耐えなければならない者」。

 3.11を経験した人間にとって、山端の物語はすでに他人事ではなくなっている。おそらく、これを災害前に読んだのなら、本書の印象はまたずいぶん違ったものになっていただろう。しかし、証人はうまれてしまった。そして、多くの喪失も。


 遠い異国の作家が書いた、彼のための忘却、彼のための救い、ひどく個人的な物語でありながら、『さりながら』がかくも胸にせまるのは、まったく異なった時代と土地に生きた人びとのあいだで共鳴する悲しみを描いているからかもしれない。
 人は個々に交わらない、孤独な水滴のような生きもので、痛みはどこまでもそのひとの痛みであり、共有も共感もできはしない。しかし、それでも人が言葉を尽くして語るのをやめないのは、幻でもかまわない、そこになぐさめを見いだすからではないだろうか。
 世は露のようなものだと一茶は嘆いたが、彼の言葉にはその先がある。つらい、しかしながら、と土を踏みしめて振り返る。「さりながら」という言葉のうちに、喪失をふところに抱きながらもうなだれた顔をあげようとする、傷ついた人たちの切なる願いを読んだ。それはほかでもない、わたし自身がそう望み、水盤の底から世界を見上げているからだ。

 露の世は 露の世ながら さりながら


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