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『アウステルリッツ』W.G.ゼーバルト

 写真のプロセスで私を魅了してやまないのは、感光した紙に、あたかも無から湧き上がってくるかのように現実の形が姿を現す一瞬でした。それはちょうど記憶のようなもので、記憶もまた、夜の闇からぽっかりと心に浮かび上がってくるのです。ーーW.G.ゼーバルトアウステルリッツ

忘却の淵に立つ

 ゼーバルトの、「記憶」と「記録」にたいする姿勢にどうしようもなく心をひかれるままに数年が経った。ゼーバルトは歴史に名を残さず忘却の彼方に消えた人々、書きとめられなかった事柄、誰に知られることもない死者、彼は記録に残ったものではなく、記録に残らなかったもの、忘れられつつあるものへ目を向ける。
 彼の残した文章にかくもつなぎとめられるのは、私もいずれそうなるという思いが頭をよぎるからかもしれない。少しばかりの文章を残し、運が良ければ家族と友人、そのほか何人かの記憶にはとどまるだろう。だが、語りつがれる記憶はやがてすり切れ、100年もすれば存在の痕跡は消えてなくなる。語られることより、語られないことのほうがずっと多い。
 人の心や存在のほとんどは忘却の闇に消えるというこの耐えがたい事実から、私たちが「歴史」と呼ぶ虚構はなりたっている。

アウステルリッツ

アウステルリッツ


 アントワープの駅構内で、「私」がアウステルリッツという独特な雰囲気の男と出会うところから物語は始まる。建築史を専門とするアウステルリッツチェコプラハユダヤ人家系に生まれたが、幼いころはその事実を知らず、イギリスでダヴィーズ・イライアスとして育った。彼は過去を知ることをかたくなに拒否していたが、成人してずいぶんたってから、ついに自らの歴史をひもとき始める。そして、第2次世界大戦が自分から故郷や両親を奪い、過去を断絶させたことを知る。

 ゼーバルトは、オーストリアの作家トーマス・ベルンハルトを敬愛していたという。ベルンハルトが祖国も家族もなにもかもを罵倒するスタイルなのにたいして、ゼーバルトは誰を弾劾するわけでもなく、強烈なメッセージを持つわけでもない。とぎれることなく続く独白は、深く暗い森の中で人知れずこんこんとわく泉を思わせる。


 アウステルリッツが、建築に興味を持つことは示唆的だ。建築は堅牢な骨組みを持つ構築物である。みずからの歴史——それは精神の骨組みのようなものだ——を失った男にとって、その頑健さはあこがれの対象だったのかもしれない。
 だが、歴史は駅舎や高層ビルのようなアーキテクチャを持たない。私たちが知る「過去」や「歴史」は、ほんのひとにぎりの記録で組み上げられたいびつな欠陥品だ。記憶はたえずほどけ、記録はすり切れ、意図的に消され、読み変えられ、忘れられていく。

 いやむしろ、われわれが記憶しておけるものがいかにわずかであることか、ひとつ生命が消え去るたびにいかに多くのものが忘れ去られていくことか、それ自体は思い起こす力をもたない無数の場所と事物に付着していた種々の歴史が、誰の耳にも入らず、どんな記憶にも残されず、語り継がれてもいかないがゆえに、世界がいわば自動的に空になってしまうかと思えば、闇はいっそう濃くなるばかりなのだ。

 たとえ一片の記録が残ったとしても、時は容赦なく記録を風化させる。本書の随所に挟まれるモノクローム写真は、物語を補強しているかのように見えるが、写真にうつっているものが物語で語られるものと一致している保障はどこにもない。かつて物語のワンシーンであった写真は、1枚だけ切り離されて文脈を失い、記憶の断片となって別の物語の中で読み変えられ、再構築される。

 そう、「歴史」はそうやって作られる。第2次世界大戦ナチス・ドイツが消したのは、犠牲者の命だけではない。強制収容所や弾痕といったいまわしい負の遺産の多くもまたすばやく消し去られ、“修復”された。

 時間が過ぎなければよい、過ぎなければよかった、時間を遡って時のはじまる前までいけたらいいのに、すべてかつてあったとおりならいいのに。

「幽閉された動物たちと私たち人間の観客が、おたがいに見つめ合っているのね、理解のかなわぬ溝に、へだてられたままに」

 物語が進むにつれて「歴史」という名の幻想の建造物は崩れ、骨組みは無数の写真となって舞い散る。
 思い出せ、いかにわれわれが忘れているかを、これが人類が繰り返してきたことなのだと、ゼーバルトがつぶやいている気がする。

W.G.ゼーバルトの著作レビュー

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ミラン・クンデラ『存在の耐えられない軽さ』……チェコプラハで戦争に巻き込まれた男女の独白。

W・G・Sebald Austerlitz,2001.