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キリキリソテーにうってつけの日

海外文学/世界文学の感想ブログ。

『白檀の刑』莫言

 「処刑始めッ!」
 一歩進み出た趙甲は、銭雄飛に向き合って立った。弟子が精錬された鋼で出来た凌遅用の小さな刀をその手に渡すと、彼は低く呟いた。
 「兄弟、失礼するぞ!」

——莫言『白檀の刑』

悲喜こもごも

 莫言の物語には“脈”がある。ほとばしる血潮、刻まれる太鼓の音、男は死の刀をふるい、女は泣いて狂い、猫はニャオニャオと悲喜こもごものこの世をなぐさめるかのように泣いている。物語全体が脈動していて、まるで大きな生物の中にもぐりこんで胎内めぐりをしているかのよう。

白檀の刑〈上〉 (中公文庫)

白檀の刑〈上〉 (中公文庫)

白檀の刑〈下〉 (中公文庫)

白檀の刑〈下〉 (中公文庫)

白檀の刑〈上〉

白檀の刑〈上〉

白檀の刑〈下〉

白檀の刑〈下〉


 時代は清代末期、舞台は莫言が繰り返し描く架空の土地、山東省高密県。ある劇団の頭領が極刑に処せられる。名は孫丙、罪状は「国家反逆」、ドイツ軍の駐屯兵を殺し、国家政策であった鉄道敷設の現場を襲撃した罪をとがめられて。「数ある酷刑の中でもとくに重いものが望ましい」という袁世凱の要望に応えて提案されたのが「白檀の刑」であった。

 白檀といえば、まず思いだすのはそのうるわしい香りであり、酷刑の名前にはふさわしくないように思える。しかし、白檀の刑は人体を生きたまま3357片にみじん切る「凌遅の刑」よりも残酷だという理由で選ばれた。いったいどんな刑なのかと、いやがおうにも想像力は踊る。


 本書には「閻魔の閂」「凌遅の刑」「白檀の刑」など、「いっそ殺してくれたらどんなに楽か」と思うほどの酷刑が描かれており、身の毛がよだつことも少なくない。しかし、中世のヨーロッパのような陰惨さはそれほどなく、むしろ悲惨を突き抜けた陽気ささえ感じさせる。

 このイメージを支えているのが、登場人物たちの饒舌な語り、そして高密県の田舎芝居「猫腔」(マオチアン)の合いの手だろう。犬肉料理を売る美しい女 孫眉嬢とその3人の“父”たち――ひとりは白檀の刑を受ける者(実父の孫丁)、ひとりは白檀の刑を命じた者(養父で愛人である銭丁)、ひとりは白檀の刑を執行する者(義父の趙甲)――が、いれかわり立ちかわり、事件が起こるまでの過去と処刑についてそれぞれの視点で語っては歌いまくる。ひとりからふたりへ、ふたりから芝居一座へ、やがて高密県に住む人々が処刑台を見上げてニャオニャオと、人の世はつらいよと泣く姿は圧巻のひとことに尽きる。

 ♪サアサアサア、みなの衆、くよくよするのはやめなされ――クヨクヨクヨ。
 悪者ども、いまにみろ――みろみろみろ。
 若者ども、旗を掲げ――行け行け行け。
 行って鉄道を掘りくずせ――
 死ね死ね死ね、いさぎよく――
 火よ火よ火よ、燃え上がれ――
 燃え燃え燃えろ、いつまでも――
 ヤレヤレヤレ、道理を通すまで――
 ニャオニャオニャオニャオ――
 ミャオ――ミャオ――ミャオ――


 白檀の刑は、完成されたひとつの舞台だ。そもそも、処刑そのものが古来より人の心をひきつけてきた「魅せもの」であった。孫丙は役者の頭領として「白檀の刑」を受けるという主役として、銭丁は「高密県の知事」として、趙甲は感情を殺し「人にあって人にあらず」の処刑人として、それぞれが自負をもって己の役割を演じている。

 孫丙と銭丁はどちらも頭はきれるが直情家で、おのれの願いをかなえようとした。趙甲はふたりに比べるとこずるい性格だが、「人殺し」とさげすまれてきた処刑人の仕事に誇りを持ち、地位をあげるために尽力する。

 よかろう、ならば思い知らせてやる、処刑人の仕事も一つの芸だとな。この芸は、立派な男はやらぬが、ぼんくら男には出来ぬぞよ。この仕事は、朝廷の精気の現れなのじゃ。これが盛んなら、朝廷も盛んじゃし、これがさびれるときは、朝廷の気脈も尽きるのじゃ。

 個性ある登場人物のなかでも、特に強烈だったのが大足の美女 孫眉嬢で、国家反逆罪に問われた父のために、恋いこがれてやまない知事のために、愛する人々がたがいに殺しあわなくてはならない状況をどうにか避けようと奮闘する。この奮闘ぶりはたいしたもので、色じかけはするわ銃にむかって突進するわ、乞食どもを手下にするわ、不法侵入をしでかして糞まみれになるわで、このバイタリティはどこからくるのかと驚いてしまう。白痴の小甲にしろ乞食軍団にしろ、莫言の描く人々は愚かしくも全力で人生を生きていて、この人間くささがたまらなく愛おしい。

 孫丙と銭丁は平穏な時代ならいい飲み友達になっていただろう。だが悲しいことに、当時は激動の時代――袁世凱や西大后などが活躍し、力を失った清王朝を西欧の列強や日本が蹂躙する時代だった。高密県の人々は誰も血など望んでいなかったし、人が死ぬのをとめてほしいと願っていたのに、それでも多くの血は流された。


 莫言を読むたびに、人は血と涙でできているとつくづく感じずにはいられない。全力で生きて死んでいく人々の力強さと中国の懐の深さに圧倒されて、私の心臓も鼓動がはやくなる。ニャオニャオ。


莫言の著作レビュー:
『赤い高粱』

莫言 檀香刑 ,2001.

recoomend:
ホメロス『イリアス』…運命からは逃れられない。しかし、人はそれでも生きる。
ウィリアム・シェイクスピア『マクベス』…与えられた役割を演じきる。
ウィリアム・フォークナー『響きと怒り』…饒舌な語りと臓腑のにおい。