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キリキリソテーにうってつけの日

海外文学/世界文学の感想ブログ。

『脱獄計画』アドルフォ ビオイ・カサレス

南米文学 ☆☆☆

 今からわたしは、科学者であることをやめて、科学のテーマの一つになる。今からはもはや苦痛を感じず、ブラームスの第四交響曲第一楽章の最初のモチーフに(永遠に)耳を澄ますことになるのだ。——アドルフォ ビオイ・カサレス『脱獄計画』

島という牢獄

 共感、それは人類が抱くひとつの夢である。あなたと私は同じ世界に生きていて、同じ本を読んで一緒のシーンで笑い、ときに涙すると思いたい。人が恋に落ちるのは、お互いに「私たちは同じものを見ている、同じものの見方をしている」という幻想を感じられた時だ。
 だが、夢は叶わない。人の心は、永遠に交わらない、孤独で孤高な島のようなものだから。

脱獄計画 (ラテンアメリカ文学選集 9)

脱獄計画 (ラテンアメリカ文学選集 9)


 『モレルの発明』と同様、『脱獄計画』の舞台は人里離れた群島で、島全体が牢獄として使われている。アンリ・ヌヴェール海軍大尉は、一族内で勃発したごたごたのとばっちりを食らって故郷のフランスを追われ、フランス領ギアナの島に看守として就任する。
 だが、島はおかしな場所だった。責任者である総督は夜な夜な不思議な実験を行っているようで、「教養ある協力者が必要だ」とヌヴェールを歓迎する。島を徘徊する犯罪者、戻ってこない囚人、立ち入り禁止の「悪魔島」には、<迷彩>がほどこされている……。


 全50章のうち49章は煙に巻くうさんくさい感じの語り口で、「<迷彩>って何?」「このセリフはどういう意味だ」と疑問の嵐、まるで霧の中をさまよい歩くような疲労感を味わった。すべての謎が明かされるのは最後の1章だ。だから、本書はミステリといってもいいかもしれない。
 総督の望みは、「われわれが監視している群れを救う」こと、「囚人に自由を与える」ことだった。閉ざされた島で自由を手にするための「プリズンブレイク」。おそらく、この言葉から連想する爽快さ、ハリウッド的発想とはまっこう反対のやり方で、彼らは脱獄を計画した。


 『モレルの発明』もそうだが、カサーレス作品は種明かしを読んだあとのやるせなさ、袋小路っぷりがすさまじい。映像的には、月がふたつ浮かぶ『モレルの発明』の方が、文も構成も美しいが、カサーレスが描こうとした「交わらない心」「永遠の孤独」というテーマはとても好きなので、ふたつの作品で読めたことは幸せだった。
 人は主観という牢獄にとらわれた存在で、だからこそ共感を夢見て、砕け散る。

アドルフォ・ビオイ・カサレスの作品レビュー

『モレルの発明』


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Adolfo Bioy Casares Plan de Evasion,1945.