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キリキリソテーにうってつけの日

海外文学/世界文学の感想ブログ。

『わたしたちが正しい場所に花は咲かない』アモス・オズ

 狂信主義はイスラームより、キリスト教より、ユダヤ教より古い。どんな国や政府よりも古いし、どんな政治形態、どんなイデオロギーや信念よりも古くからこの世にあります。悲しいかな、狂信主義は人間の本性につねに備わっている成分、いわば悪い遺伝子なのです。——アモス・オズ『わたしたちが正しい場所に花は咲かない』

いたるところに狂信

 イスラエルの作家が語る「狂信者への処方箋」。イスラエルパレスチナという悲しい土地の問題を軸にしつつ、人間にまつわる普遍的な問題、争いと戦争について、正義と信仰について、平易な言葉で淡々とえぐってくる。

 「狂信主義」、さてこの言葉から「ああ私のことだ」なんて思う人はたぶんほとんどいない。宗教に拒否反応を示す人が多い日本においては、「狂信」という言葉そのものが異質、非日常だろう。だが、オズによれば「狂信主義はいたるところにある」。

わたしたちが正しい場所に花は咲かない

わたしたちが正しい場所に花は咲かない


 狂信者は、人の意見を聞かずに自分の主張を押しとおす。変化を受け入れるものは皆「裏切り者」と呼ぶ。狂信主義とは「他人を何が何でも変えてあげたい」「あなたを救ってあげたい」という徹底した利他主義だ。狂信主義は家庭から起こるという言葉にはぞくりと来た。

 オズは「イスラエルパレスチナ問題は宗教戦争ではなく、領土問題に過ぎない」と喝破する。これほどまでにさらりと言い切る人は、あまり見たことがなかった。イスラエルパレスチナについて語る多くの人は無関係な“蚊帳の外”の人間であり、中にいる当事者たちはオズが指摘するところの“狂信者”であることが多いから。

 イスラエルパレスチナはともにヨーロッパの被害者であるにも関わらず、互いに傷つけあうから悲劇が起こる。オズは、イスラエルパレスチナ問題の唯一の方法は「妥協」、お互いを排除することはできないという現実を両者が受け入れたうえでの「正式な離婚」だと提案してくる。


 オズは問題を整理し、「両者が生きていく」ことを優先させた解決案を提示している。彼の言葉は洗練されていてきちんとしているのだけれど、最後のところで腑に落ちないのはなぜだろう。オズの「イスラエルは侵略国ではない」という言葉に違和感を抱いた。イスラエルは、故郷に帰りたいというユダヤ人の夢から成立した、世界唯一の国だ。だが、その夢は誰かの現実をぶっ壊して作ったものだし、アメリカからの援助を使って圧倒的な武力でもって土地を奪ったのはやはり侵略ではないのだろうか。

 オズは、「問題解決のためにどう行動するのか」についてはあまり言及していない。もちろん、平和な日本にいる私がそんなことを言う資格は全然ないのだけれど、実際にその理念を実現するためには、政権を取るか狂信者を黙らせるだけの力を行使するといった、それこそ痛みと血を伴う清算手段が必要なのだと思う。


 何かを信じる時点でそれはその人にとっての宗教だし、正義は自分の信念に基づいて形成される相対的なものだ。絶対の正義なんてないし、宗教を持たない人間もいない(まれにいることはいるが、それは徹底的に何かを信じたうえで信じることをやめた人だけだと思う)。「特定の神を信仰しない」ということと「無宗教である」ということはつくづく別ものなのだということに気づく1冊。

 わたしたちが正しい場所に 花はぜったい咲かない 春になっても。
 わたしたちが正しい場所は 踏みかためられて かたい内庭みたいに。
 でも 疑問と愛は世界を掘りおこす もぐらのように 鋤のように。
 そしてささやき声がきこえる 廃墟となった家が かつてたっていた場所に。
――イェフダ・アミハイ『わたしたちが正しい場所』