ボヘミアの海岸線

海外文学を読んで感想を書く

色で読む海外文学・カラーパレット編

 うちの家の庭は、かつての持ち主だった庭師が作ったもので、四季折々の植物が植えられている。台所から見える葉っぱの色は、季節の節目を測るバロメータだ。少し黄土色を混ぜたようなくすんだ黄緑色になっているのを見ると、秋も深まってきたのだなあとしみじみ思う。
 四季の色を楽しむ日本人。では、海外はどうか? そんな思いつきから「色ごと」に海外文学を考えてみた。

 
Red

サロメ (岩波文庫)

サロメ (岩波文庫)

 赤い月夜が見せる、狂った恋の物語。わき目もふらず「惚れた男の首をおくれ」と叫び続けるサロメの狂気は、まるで濃密な原酒のよう。 ⇒感想
ブラッド・メリディアン

ブラッド・メリディアン

 大量に流し、流される血の赤。人間の絶頂に向かって突き進む「判事」が行く先には死屍累々。あなたも私もあの人も、誰も生き残れはしない。 ⇒感想
赤い高粱 (岩波現代文庫)

赤い高粱 (岩波現代文庫)

 大地から生まれ、大地に消えていく赤。酒飲みの赤ら顔、恋をする女、火のように燃え上がる高粱畑、軍靴にふみにじられる鮮血。中国の片田舎には、この世のすべての赤がそろっている。⇒感想
緋文字 (新潮文庫)

緋文字 (新潮文庫)

 緋色は罪をさいなむ色。「姦淫」がこれほどまでに「罪」として人の生を粉々にするとは、プロテスタントおっかない。基本的に女が強くて、男は情けない。だが、最強は小悪魔パールちゃんだろう。何このキャラの立ちっぷり。 ⇒感想
わたしの名は「紅」

わたしの名は「紅」

 トルコ人が描く『薔薇の名前』と並び称される推理劇。手元にないので詳細を説明できないのだが、タイトルがばっちりだからいいよね。@mikechatoranさんからの推薦。
すべての火は火 (叢書アンデスの風)

すべての火は火 (叢書アンデスの風)

 炎系文学は「Orange」につっこんだのだが、南米の炎だけは赤い気がする。ルルフォ『燃える平原』とともに。@Koompassiaさんからの推薦。⇒感想


Orange

華氏451度 (ハヤカワ文庫SF)

華氏451度 (ハヤカワ文庫SF)

 燃える、燃える、本が燃える。フォークナーとかシェイクスピアとかバイロンとか、全部燃えて灰になる不幸極まりない世界に、もし生まれてしまったらどうする、勇敢なる本読み諸君? たぶんこの話題だけで一晩はいける。 ⇒感想
オレンジだけが果物じゃない (文学の冒険シリーズ)

オレンジだけが果物じゃない (文学の冒険シリーズ)

  • 作者: ジャネットウィンターソン,Jeanette Winterson,岸本佐知子
  • 出版社/メーカー: 国書刊行会
  • 発売日: 2002/07/01
  • メディア: 単行本
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 「『狂信者』という単語が好き」「『狂信者』と聞くと胸が高鳴る」というかわいそうな趣向をお持ちの人にうってつけの物語。「狂信者の母親と一緒に世界の異教徒どもと戦う少女時代」なんて、魔法少女も裸足で逃げ出すに違いない。
ハロウィーンがやってきた (ベスト版 文学のおくりもの)

ハロウィーンがやってきた (ベスト版 文学のおくりもの)

 Trick or Treat! 毎年、わが家ではクリスマスよりハロウィンに力を入れる習わしだ。落葉とカボチャと過ごす魔法の一夜。本書にしろ『10月はたそがれの国』にしろ、ブラッドベリの描く10月を愛してやまない。
停電の夜に (新潮クレスト・ブックス)

停電の夜に (新潮クレスト・ブックス)

 その昔、夜は暗く、人の心を惑わせた。停電の夜に灯したろうそくの明かりも同じ。明るすぎる白熱灯の下では見えない心を、じわりと照らし出す。ある意味、恋愛怪談に近いかもしれない。ぞわり。@mikechatoranさんからの推薦。 ⇒感想


BrownSand

ソングライン (series on the move)

ソングライン (series on the move)

 オーストラリアの赤茶けた大地に伸びる無数の「歌の道」。ソングラインはアボリジニの神話であり、地図であり、先祖の記憶である。歩いて、歌って、思い出して、足跡以外は何も残さない。人生ってそういうものかもしれない。
問いの書 (叢書 言語の政治)

問いの書 (叢書 言語の政治)

 砂漠のような言葉がある。手のうちをすり抜けて、何も残さない。「記憶」と「記録」はどちらも風化する遺跡のようなものであることを突きつけてくる。 ⇒感想
タタール人の砂漠 (イタリア叢書)

タタール人の砂漠 (イタリア叢書)

 「自分の人生は何か特別なことがあるに違いない」と夢を見ながら、茫漠たる砂漠に自分の人生をちぎっては投げ続けた男。吹き抜けるように、人生最良の時は過ぎゆくことを忘れるなかれ。@nn0toさんからの推薦。⇒感想


Gold

黄金の壺/マドモワゼル・ド・スキュデリ (光文社古典新訳文庫)

黄金の壺/マドモワゼル・ド・スキュデリ (光文社古典新訳文庫)

  • 作者: エルンスト・テオドール・アマデウスホフマン,Ernst Theodor Amadeus Hoffmann,大島かおり
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2009/03/12
  • メディア: 文庫
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 美しい水晶のような声を持つ金緑色の蛇に恋焦がれて絶叫する男の話。絶叫したくなるのはこっちだよ! ぶっ飛び系お化け作家、ホフマンの力作。⇒感想
金色の盃〈上〉 (講談社文芸文庫)

金色の盃〈上〉 (講談社文芸文庫)

 『鳩の翼』『使者たち』と合わせて後期三大傑作といわれる。@harmon_muteさんからの推薦。


Yellow

黄色い雨

黄色い雨

 忘れたくないのだ、あの日々のことを。絶えず記憶を侵食する黄色い雨に、孤独に男は立ち向かう。時と忘却に人が勝てるはずもない。だからこそ、その姿は言いようもないほど切なく胸を締めつける。 ⇒感想

異邦人 (新潮文庫)

異邦人 (新潮文庫)

 「人の涙は“慣習”によって流される」ことを突きつけた不条理劇。カミュの言葉はまるで刃のようで、どこまでも的確にえぐってくるから恐ろしい。頭蓋骨の裏まで焼くような、アルジェリアの太陽の色で選んだ。

黄泥街

黄泥街

 とにかくめっちゃ汚い。黄色い空から真っ黒な灰が降ってきて、建物は絶えず腐り続け、道には糞尿が垂れ流され続けている。文章を読んでいるのに鼻をつまみたくなるような壮絶さ。 ⇒感想
ムーン・パレス (新潮文庫)

ムーン・パレス (新潮文庫)

 玉子の黄身を落として呆然とする貧乏学生に、シンパシーを感じた青春時代の思い出。「月=玉子」という月見うどん的な感性って、全世界共通のものなのだろうか? ⇒感想


Green

枯木灘 (河出文庫 102A)

枯木灘 (河出文庫 102A)

 日本、木の国紀州の緑。紀州の木々はまるで牢獄の鉄格子、人の営みを閉じこめて、血が真緑になるまで沸騰させる。真緑に燃え上がる、吹きこぼれるようなこの激情!
オセロー (白水Uブックス (27))

オセロー (白水Uブックス (27))

 「嫉妬」という怪物の目は、緑色をしている。嫉妬は、自らはらんで自ら生まれる化けものである。「嫉妬」に関する名言あふれる四大悲劇。 ⇒感想
緑の家(上) (岩波文庫)

緑の家(上) (岩波文庫)

 ペルー、娼館の緑と密林の緑。南米の密林には、妙なシンパシーを感じる。湿度とか何かがひそんでいる感じとか、何か根底に通じるものがある気がする。
レクイエム (白水Uブックス―海外小説の誘惑)

レクイエム (白水Uブックス―海外小説の誘惑)

 「ウォッカが4分の3、レモンジュースが4分の1、それとペパーミント・シロップが小さじ1杯。角砂糖3個と一緒にこれらをみんなシェイカーに入れて、腕が痛くなるまでシェイクする」。秘密のカクテル「緑の窓の夢」のレシピ。@mikechatoranさんからの推薦。⇒感想
コンゴ・ジャーニー〈上〉

コンゴ・ジャーニー〈上〉

 アフリカはコンゴの密林に、全財産を投げ打って怪獣ムベンベを探しに行く、変態イギリス人の話。「そんな馬鹿な」と100回ぐらい言ってもまだ足りない。あと100回言えって? それでも足りないんじゃないかなあ。 ⇒感想


BlueNavy

空の青み (河出文庫)

空の青み (河出文庫)

 さわやかな快晴の空を想像して読むと、横っ面をぶん殴られるので注意。変態なんだけど硬質、エロスなんだけどストイック、ちっともさわやかではないけれど泣きたくなるような空の青。だからついバタイユを読んでしまいたくなるのだ。変態だけど。 ⇒感想
島とクジラと女をめぐる断片

島とクジラと女をめぐる断片

 まるで、難破船の甲板に寝転がって、カモメがにゃあと飛んでいくのを眺めるような。静かな無音の世界を、文章で読めることの幸せ。 ⇒感想
東方綺譚 (白水Uブックス (69))

東方綺譚 (白水Uブックス (69))

 東方の、水を含んだ青い大気をここまで端正に描ける人がいたとは。あまりにも絵画的な美しさ。心酔。@nn0toさんからの推薦。⇒感想
青い野を歩く (エクス・リブリス)

青い野を歩く (エクス・リブリス)

 夕暮れから夜に変わるまでの群青時は、「人は孤独」であることを皆に思い出させる時間である。隣に誰もいないことにはたと気がついて、人は家路を急ぐ。だが、ぬくもりを分かつ相手がいない人は? 彼らは青い野を歩く。孤独とやり切れない思いを抱えながら。 ⇒感想

夜間飛行 (新潮文庫)

夜間飛行 (新潮文庫)

 美しい青い鉱石のような小説を、といったら、一も二もなくこれを選ぶ。地上の星に別れを告げ、恐れを振り切って星の海に墜落していく人間の営みに、反転する夜の世界の完璧な美しさに、ただため息。 ⇒感想


PinkPurple

桜の園・三人姉妹 (新潮文庫)

桜の園・三人姉妹 (新潮文庫)

 日本人だからなのか何なのか、立派な桜の木が切られるのはとてもつらい。ていうか、そもそもロシアに桜の木があること自体に驚いてしまう。⇒感想
ダロウェイ夫人 (集英社文庫)

ダロウェイ夫人 (集英社文庫)

 とある晴れた6月の、たった1日。6月は、灰色の都市ロンドンが1年中でもっとも美しい姿を見せる。イギリス式ガーデンは、薔薇とライラックが咲いているイメージがある。 ⇒感想

抄訳版 失われた時を求めて 1 (集英社文庫)

抄訳版 失われた時を求めて 1 (集英社文庫)

 プルーストは、全体的に淡い色のイメージがある。特に淡い藤色や薄青のような。モーヴ色をとって、今回は「Purple」に入れてみた。紹介しているのは抄訳版だが、完全版より表紙が「ぽい」感じだったので。@harmon_muteさん、@thf5303さんからの推薦。


 「あまり多すぎるのもいけない」と思ってしぼったつもりだが、「Red」と「Blue」はやっぱり多くなってしまった。「Yellow」が意外と柄が悪い。「Green」では、海外文学じゃないので『ヤノマミ』を泣く泣く外した(まあ、『コンゴ・ジャーニー』も一応ジャンルはノン・フィクションなのだが……)。後は、「Brown」でチェスタトン『ブラウン神父の童心』とかね。
 ちなみに私は青色が好きです(聞いてない)。
 白と黒は、「Black&White」として、別途やってみようかなと画策中。