読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

キリキリソテーにうってつけの日

海外文学/世界文学の感想ブログ。

『夜間飛行』サン=テグジュペリ

フランス文学 ☆☆☆☆☆

[影の中の一つの星]
Antoine-Jean-Baptiste-Marie-Roger de Saint-Exupery Vol de Nuit,1931.

夜間飛行 (新潮文庫)

夜間飛行 (新潮文庫)

 ――天候いかが?」彼は無線で搭乗員に尋ねさせた。
 十秒ほど時間が過ぎた。
 ――快晴」と、返信が来た。


 小さい頃の私は、夜のライトを見ると興奮して走り出す奇癖があったらしい。ちびっこのすばしこさに手を焼いた親は、人ごみにまぎれて見失わないよう、子供の背中に風船をくくりつけた。私は夜が来るたび、オレンジ色の街燈、赤いテールランプ、遠くに見えるカフェの窓に灯る光に向かって走り出したそうで。風船をくくりつけられなくなった今でも夕暮れ時を愛するのは、それぞれの光が「そこに誰かがいる」ことを示しているからかもしれない。


 夜を飛び星に墜落した男、サン=テグジュペリが残した傑作。本書について私が語れることはそう多くない。登場人物やあらすじはもちろん興味深いが、本書ではやはり、青い鉱石みたいな美しい世界描写を堪能したい。

 山はただ動かずそこにあるのではなく、飛行士に向かって脈打って尖ってくる。星は瞬きながら沈黙の信号を送り、無線は受信者知らずのメッセージを持って夜空を横断する。

 彼がその機の翼で一礼して行き過ぎようとすると、この船とも見える一軒家は、牧原のうねりのなかに人間の積み荷を乗せて、後方へと走り去るらしかった。

 ついで、あらゆるものがとげとげしくなった。山々の背も、峰々もすべてが尖ってきた。船首のように、強い風に、それらが突き刺さっていくと感じられた。


 「光」の物語なのだと思う。人は灯りを眺めることで他者の存在を知り、その遠さを知って己の孤独を知る。人を恋しく思うが、地上に混ざり切れない距離感と孤独がそこにはある。

 夜はすでに、黒い煙のように地表から昇ってきて、谷間々々を満たしていた。平野と谷間の見分けがもうつかなかった。早くもすでに、村々には灯火がついて、彼らの星座は、お互いに呼びかわしていた。

 それぞれの家が、その星に点火して、これを巨大な夜に向けた、海に灯台の火を向けるように。

 天上には星が、地上には家々が灯す星がある。飛ぶファビアンや戦うリヴィエール、耐えるロビノー。それぞれの星に愛着を持ちながら、それでも孤独を抱えて飛ぶ、この不器用な世界への相対方法が好きだ。


 夜のそっけなさにに焦がれる人間だからこそ、灯りを求める心も強い。嵐に巻き込まれ、自分の手すら見えない真っ黒な闇に飲まれたファビアンが、光を求めて雲の切れ間に向かって上昇するシーンはただ圧巻のひとことにつきる。上れば燃料は切れる。だが、ファビアンはどこにも見えない地上の星よりも、空の星を求めて上昇した。なんと極上な死刑宣告。彼は雲の上で静寂の世界を知り、星に向かって音もなく墜落した。


 そういえば、読んでいる途中で本書がどこかに消えた。地上に飽きて飛んでいったのかもしれない。そんなわけで、今回の感想はかろうじて地上に残っていた覚書がもとになっている。

 さて、こうして夜警のように、夜の真っただ中にいて、彼は、夜が見せている、あの呼びかけ、あの灯、あの不安、あれが人間の生活だと知るのだった。


recommend:
メルヴィル『白鯨』……世界という名の鯨と対峙し、そして負ける。
バタイユ『空の青み』……硬質な夜の美しさ。


追記:
 最近、光文社古典新訳文庫でも『夜間飛行』が出た。人気のある作品だから、いろいろな出版社が出したいのは分かるのだけど、これはやさしい訳文より堀口の美文で読みたい作品だと個人的には思う。

夜間飛行 (光文社古典新訳文庫)

夜間飛行 (光文社古典新訳文庫)