キリキリソテーにうってつけの日

海外文学/世界文学の感想ブログ。

『短篇コレクションI』池澤夏樹編

[世界という名のタペストリ]
Natsuki Ikezawa edited Colleted Stories I,2010.

短篇コレクションI (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 第3集)

短篇コレクションI (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 第3集)


 世界中の文学から短編を集めたコレクション第1弾。本書は、主にアメリカ大陸、アジア、アフリカの作品を収める。
 「目次そのものが自分の作品であるような気がする」、池澤夏樹は帯にこう書いている。ずいぶん挑戦的だなあと思いながら目次に目をとおし、目次の最初2編のタイトルでこの本を購入しようと決めた。最初にコルタサル「南部高速道路」、次にパス「波との生活」。「南部高速道路」は、海外文学を好きになってもらえたらという願いをこめて、海外文学読み始めの人に勧める短編だ。パス「波との生活」も、南米短編の名作として必ず紹介される。

 「池澤夏樹=個人編集 世界文学全集」は、試みはすごいと思うけれど、たまにひどく外れる(なぜサガンを収録したのか、いまだにちょっと分からない)。だけど、本書は買ってみて損はなかろうという気にさせられた。やはり、なっちゃん先生は作家より編集者向きかもしれない。

 以下、各編の感想。気に入ったものには*。いまいちのものには▲。


コルタサル「南部高速道路」
 アルゼンチン。不条理きわまる大渋滞に巻き込まれた人々。久しぶりに読んだけれど、やっぱり好きだ! 半年ぐらい渋滞しているとか、ちょっと考えたらありえないシチュエーションなのに読ませる読ませる。一寸刻みでしか動かない大渋滞にじりじりさせられるからこそ、最後の加速はうなる。 ⇒感想

パス「波との生活」
 メキシコ。波を恋人にしたら大変になった男の話。波は気まぐれで男はおぼれ(直喩的でも暗喩的でもある)、波の愛撫に我を忘れる。けっこう恋人らしいこともやっているのだけれど、波はやっぱり波で、貯水タンクに入れられたり子供に飲まれたりもする。「女は波に似ている」と、これだけ美しく書いた短編はあまりない。

マラマッド「白痴が先」   
 アメリカ。病気持ちの男が、白痴の子供を遠い親せきの家に送ろうと奔走する数時間。凍えるような寒い夜、金繰りのために徘徊する老人の姿を見て「これはアメリカじゃなくてロシアじゃないか?」と思ったら、作者はやっぱりロシア系移民だった。

ルルフォ「タルパ」
 メキシコ。病持ちの男を過酷な旅に連れ出して死なせる妻と義弟。病持ちの男が黄色いうみを出してどろどろ腐っていく姿もすごいが、男を殺すために密約を交わした妻と義弟(しかも不倫中)の心のどろどろぶりもすごい。なのに、メキシコの大地はどこまでも乾いている。これぞルルフォ! ⇒感想

張愛玲「色、戒」
 中国。時は世界大戦中、女スパイが狙うは金持ちの男の命。妻の友人のふりをして男をたぶらかし、その命を狙う。中国映画みたいなベタベタの展開だが、けっこう好きだったかも(実際映画になったらしい)。お互いに愛がある、そのことを唐突に知る衝撃。たぶんそれさえあれば、2人が一緒になろうがなるまいが、後はどうでもいいことなのだ。お互いが「相手は自分を愛している」と思うあたりが憎い。

イドリース「肉の家」
 エジプト。イスラム禁欲主義とタブーの話はどうにも苦手だ。盲目の男が婿入りした先は、3人の娘と未亡人が住む沈黙の家。彼らは飢えていた。だから、誰もが沈黙しながらタブーに手を伸ばす。これは性に合わない……。

ディック「小さな黒い箱」  
 アメリカ。『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』の原型となったという1作。共感ボックスを触ると、救い主マーサーの痛みを皆で分かち合える。「共感」と「共有」の意味をさらりと問うてくる。一緒の流れを共有する、という点では、けっこうTwitterとかとも似ているかなあと、ちょっと思った。

アチェベ「呪い卵」
 ナイジェリア。キティクパ=天然痘の神が暴れた末に、かつて賑わっていた市場は蠅の王国となった。「天然痘の神」「夜の仮面たち」「呪いの卵」など、アフリカの世界観にひたれる。「彼らは確かに実在するのだ」。

金達寿「朴達の裁判
 朝鮮。統制時代において、最もインテリが集まるのは監獄だ。もともと無学だったのに、あまりに監獄送りされたためすっかり教養を身に付けた朴達のユーモラスな反抗。「えっへへ……」と卑屈な笑いを浮かべながら、その実何度も政府に反抗する朴達は、庶民派の英雄なのかもしれない。最後のカタルシスはなかなか。それにしても、目つきの怖い陪審員が数十人って怖い。

バース「夜の海の旅」
 アメリカ。夜の海をひたすら泳ぐ兄弟たちの独白。わりとすぐに正体が分かってしまうので、なんともいえない微妙な気持ちになった。これは別にいらない気がする……。

バーセルミ「ジョーカー最大の勝利」
 アメリカ。『バットマン』を冷静に見たらトンデモ話だよねと、文学的につっこんだらこうなった。「君は何百マイルも離れた場所にいると思っていた!」「そうなんだけど、なんかバットマンが呼んでいる気がしたから、ジェットで来たよ」。いわゆるアメリカ人の内輪向けな笑いなので、わざわざこの本で紹介しなくてもいい気がする。

モリスン「レシタティフ──叙唱」
 アメリカ。白い女と黒い女がそこにいて、幼馴染として孤児院で過ごす。最後まで読んで、どっちが白人か分からないことに気がついた。肌の色による差別、のし上がるという感覚、羨望と被害者意識……いかにもどこまでもアメリカ的。

ブローティガン「サン・フランシスコYMCA讃歌」
 アメリカ。詩が好きな男が、鉛管類を外して詩に置き換えたらとんでもないことになった。お気に入りは詩による「焚書主義者め!」という罵倒文句(どこかで使いたいが、どこで使うんだろう)。シェイクスピアの詩はただもうニコニコしている。脱力しながら、ため息つくように笑いが漏れた。 ⇒感想カナファーニー「ラムレの証言」
 パレスチナ。炎天下の街中で、イスラエル人がパレスチナ人を犬のように殺す。家族を殺された男が考え出した結論。たった数ページなのに激烈に重い。こんな場面が、いったいこれまでにいくつ繰り返されたのだろう。最後の目配せが血のように赤く、砂のように苦い鮮烈な印象を残す。

マクラウド「冬の犬」
 カナダ。ある冬の極北の地で、助かった命と助からなかった命があった。これは好きな短編だ。血は熱く、息は白く、流氷は何もかもを凍らせる。冬の海に落ちると最初は暖かいと感じるらしい。夏なのに、思わずコートをにぎりしめたくなった。⇒感想カーヴァー「ささやかだけれど、役にたつこと」
 アメリカ。本当に数年ぶりにカーヴァ―を読んだ。空気の読めないパン屋のキャラが際立っている話。子供が交通事故に会った時の親の気持ちは迫真にせまる。なのに、パン屋はどうにも非常識で、へんなかみ合わせの悪さを感じる。どんなにへこんでもうまいものを食べよう。この言葉には同意。それはきっと慰めになる。

アトウッド「ダンシング・ガールズ」
 カナダ。「アメリカ人はカナダのことに興味がない」というが、それは本当なのだろうか……。いろいろな国籍の人が集まる人種のるつぼアメリカで、今も昔も起こっている文化のつばぜり合い。都市デザインを専攻するカナダ人女子学生の願いは、平和ボケしているけれどなんだか素敵だ。

高行健「母」
 中国。ダメな息子の独白。「お母さん、話してください!」とか言われても、なんかなあ……と思ってしまう。母については、人類誰もが物語を持っている分、難しいのかもしれない。

アル=サンマーン「猫の首を刎ねる」
 シリア。レバノン生まれの男と女がパリで出会う。男の奴隷であることが良い女の条件という、古い慣習を「つまらない」と思いつつ従順な女の理想を捨てきれない男と、フランス的自由思想に浸りきった女には、どうにも埋めがたい溝がある。だからこそ人は恋をして、だからこそ人は傷つくのだろうが。ちなみにこの話にはおせっかいな幽霊が出てくる。彼女の語る「妻にすべき女」の表現は、もはや喜劇の域なので、わりと好き。

目取真俊「面影と連れて」
 沖縄。魂を見る発育遅れの女性が、ガジュマルの木の下で語りかけてくる。やはり日本語で書かれているせいか、すっと水を飲むように染みいった物語だった。「沖縄のおばあは素敵」だという刷り込みが、私の人生のどこかであったらしい。魂を見ることができる人は、いまこの日本にはどれくらいいるのだろうか?


河出書房新社 『池澤夏樹=世界文学全集』


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