ボヘミアの海岸線

海外文学を読んで感想を書く

『魔術師のたいこ』レーナ・ラウラヤイネン

[世界に歌あふれ]
Leena Laulajainen Taikarumpu Kertoo,1980.

魔術師のたいこ

魔術師のたいこ

東風は西へヌンヌンヌー
西風は東へヌンヌンヌー
南風は北へヌンヌンヌー
北風は南へヌンヌンヌー
約束通りの風の道
東西南北正しい向きに ヌンヌンヌー
ヌンヌンヌー
「風の帽子」より)


 風が荒れ狂ったら、四角い帽子を振りふり「ヌンヌンヌー」と歌えばいい。風は魔術師とした約束を思い出して、自分がとおるべき風の道をヌンヌンヌーと吹き抜けるだろう。

 ノルウェイ、フィンランド周辺に住むサーメ人が語り伝えてきた12の物語を収める。かつて世界には魔術師がいて、人々の生活を助けていた。時代は流れて魔術師はいなくなり、彼のたいこだけがぽつんと残った。たいこは100年に一度だけ鳴り響いて、オーロラが始まったときの物語、昼と夜が分かたれた物語、悲しみのあまり山になった男の物語などを、歌のようにつむぎ出す。


 すてきだ、この本は本当にすてきだ。世界は歌(ヨイク)に満ち、色にあふれている。
 「布は虹の七色に輝いています。紅葉の赤、ゆるやかに流れる大きな川の水の青、夏の草原の緑、キンポウゲの黄色……」。これは「オーロラのはじまり」という短編で語られた、「今までにだれも見たことがないような美しい布」の表現。求婚者たちが少女のために買い求めた美しい七色の布は、幻のように輝いて揺れるオーロラを彷彿とさせる。暗く寒い冬を乗り越えるために光の精が恵んでくれた「太陽の野イチゴ」、けっしてつかまえられない「青い大シカ」、鳥になった女と山になった男の恋物語「ウルダとアイリガス」など、正直いってどの物語もすばらしすぎる。


 白夜と氷しかないと思っていた極寒の土地には、美しい四季と透きとおりそうな歌があった。世界には精霊が遊び、ヨイクがヌンヌンヌーとあふれている。魔術師ツォラオアイビは、なんて素敵なたいこを残していってくれたんだろう。息をひそめながら物語を読む喜びがここにはある。
 私は凍てつく土地の物語が本当に好きなのかもしれないと思った。なんというか、思考以外のところにある「根っこ」に強く触れてくる(寒いのは苦手なはずなのだが)。

 息子の足はライチョウの足、イワナのひれ、白いトナカイのつのとともにあり、息子の胸にはヨイクがあふれている。お前のようにたった一つの歌では満足できないのだ。


recommend:
知里幸恵『アイヌ神揺集』…銀の滴降る降るまわりに。
『カレワラ』…フィンランドの国民叙事詩。
アリステア・マクラウド『冬の犬』…凍る大地の、息が透き通るような物語。