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キリキリソテーにうってつけの日

海外文学/世界文学の感想ブログ。

『灰と土』アティーク・ラヒーミー

アジア文学 ☆☆☆☆

[頭蓋に焼きついた光景]
Atiq Rahimi Khakestar-o khak,2000.

灰と土

灰と土

ときどき、私には、他の人が私と同じように物忘れをするような気がするんだよ……。


 アフガニスタン、カブール生まれの映像作家が描く「戦渦にいる人の心」。ソ連軍の侵攻により、土地も家も家族も、すべてが燃えてなくなった老人の悲しみ。


 主人公である老人の村は、ある日突然ソ連軍に焼き払われて全滅した。生き残ったのは老人と孫のみ。その孫も、砲撃によって耳が聞こえなくなってしまった。物語は、出稼ぎに出ていて戦禍を免れた一人息子に、村が全滅したことと家族が死んだことを伝えるために、老人が旅立つところから始まる。黄土色の土煙が舞い上がる道路で、老人は車が通るのを待つ。

 物語の舞台はとてもシンプルで直線的だ。検問から息子の働く炭鉱まで、老人は道路一本を移動するだけである。しかし、道路一本の舞台上には、老人の心から溶けてあふれ出した心象風景が、ひたひたと流れ出ている。
 老人の心象風景、それは「混乱」だ。脳内が沸騰するような混乱。物事がまとまらずに記憶の断片が飛び交うような混乱。本書は、そんな状況に陥った人の心象風景を、淡々と描き出している。
 老人は思い出し続ける。燃え上がる火の手、砲撃、逃げ惑う人々。つらい記憶の断片が折につけてフラッシュバックする。最も強烈な印象を残したのは、息子嫁が裸で逃げ惑っていたシーン。厳格なイスラーム圏で、女性が肌をさらすのは大変な恥であるとされている。しかし、老人は見てしまった。忘れようと思っても、残像は消えてくれない。むしろ女の裸はより鮮烈に、老人の頭蓋骨の裏を走りぬけていく。


 著者が映像作家であるせいか、非常に映像的な作品だった。心象風景のフラッシュバックが、読んでいるうちに次々と目の裏に焼きつけられていくのが印象的深かった。

 戦禍に巻き込まれた人間の混乱を、混乱のままに描き出したこの作品は、V.E.フランクル『夜と霧』とは別の意味で貴重な本だと思う。短く、シンプルな構成の本だが、なかなか重い余韻を残す作品。最近エクス・リブリスから刊行された『悲しみを聴く石』も、いずれ手にとってみようか。

彼の悲しみは
彼の心のように
大きかった


recommend:

ヤスミナ・カドラ『カブールの燕たち』…タリバン独裁下で男と女が出会って。
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V.E.フランクル『夜と霧』…戦禍に巻き込まれた人の心理。