キリキリソテーにうってつけの日

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『外套・鼻』ゴーゴリ

[あることはあり得る]
Николай Васильевич ГогольНос,1836. Шинель,842.

外套・鼻 (岩波文庫)

外套・鼻 (岩波文庫)

……実際、不合理というものはどこにもありがちなことだから――稀にではあるが、あることはあり得るのである。(「鼻」より)


 一昨年買ったコートの裏地が破けてしまった。今年は新調しなくては。というわけで、ゴーゴリ
 昔から、この本が大好きである。高校生時代に読んだころは、「何て変てこな物語なんだ!」と驚嘆した。それからいろいろな本を読んで、久しぶりに読み返してみたらやっぱり変てこだった。ああもう好きだ、ゴーゴリ


 「外套」は、貧乏士官のアカーキイが、長年使い古した外套をとうとう買い直すところから始まる。この外套がとんでもなくぼろい。「変な人参にカビが生えたような色」をしていて、ごみの雨の下を通り抜けるアカーキイの奇癖のために、生ごみがこびりついている。仕立て屋いわく「風が吹いたらばらばらに吹き飛ぶ」。いったいどんな代物なんだと、見たい気持ちと見たくない気持ち半々で読み進める。
 アカーキイの年収は400ルーブリ。彼にとって外套の80ルーブリ(これでも安い方だ)はまさに大金だった。しかし彼は貯金をして立派な外套を買った。彼にとって、立派な外套はいつしか人生の輝かしい糧となっていた。しかし、美しく燃え上がる炎は一瞬で吹き消える。外套はわずか1日で盗まれる。
 アカーキイは失意のうちに死んだ。死亡理由は「外套」。このナンセンスさは、しかしとんでもない憂愁をたたえている。例え外套、されど外套。夢と生きる目的を託したものをつかの間手に入れた絶頂から、あっという間に奈落へ墜落してしまった哀れなアカーキイ。燃え上がるろうそくのような人生に笑い泣きする。


 「鼻」は、どこまでも突き抜けたナンセンスを誇る1作だ。朝、目が覚めたら8等官コワリョフ氏の鼻が消えていた。しかも鼻は堂々と町を闊歩していて、コワリョフ氏は偶然に自分の鼻とすれ違う。鼻氏(見た目は紳士)は、文部関係の所轄で働き、しかも本体のコワリョフ氏より身分が高い。ナンセンスである。ぶっ飛んでいる。
 ゴーゴリは、鼻を人間の顔の重要なパーツとしてとらえていたのだろう。だから、コワリョフ氏は鼻をなくしたことで面目を失ったも同然になった。鼻氏に「ねえ君、いるべきところに戻ったらどうかな……」とコワリョフ氏が恐々と提案するあたりは、どう見ても気が狂ったおかしい人にしか見えない。
 だけど、荒唐無稽をやってのけてしまうのである。しかも強烈なまでにすばらしく。「変態」「狂っている」という言葉を、最大級の賛辞として送りたい。
 不合理なこと、例えどんなにおかしいことでも、まったくないとは言い切れない。悪魔の証明シュレディンガーの猫。ペテルブルグの魔法に酔いしれ。


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