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キリキリソテーにうってつけの日

海外文学/世界文学の感想ブログ。

『死者の軍隊の将軍』イスマイル・カダレ

[雨と死はいたるところに]
Ismail Kadare Gjenerali i Ushtris〓 s〓 Vdekur,1963.

死者の軍隊の将軍 (東欧の想像力)

死者の軍隊の将軍 (東欧の想像力)

 「これだけの名簿や手順書をもってしても、われわれは無力だ。彼らの死の後を追ってあちらこちらとうろつき回り、一つまた一つと集めていく。何だってこんな目に遭うんだ?」
 「運命ですよ」
 将軍はうなずいた。やっぱりまるで芝居だな、と思った。


 「死者の埋葬」は、人と獣を分ける分水嶺のひとつだと言われている。人を弔う。不在を悲しむ。さてそれは、恐れのためか慰めのためか?


 アルバニア作家 イスマイル・カダレの処女作。外国で死んだ兵士を掘り起こして、祖国に戻そうとする将軍の物語。
 主人公の「将軍」は、どこか見知らぬ国(そしてそれは特定されていない)の人物である。彼は、第二次世界大戦でアルバニアに骨を埋めた兵士たちを掘り起こし、祖国に連れ帰るという任務を負った。
 彼は戦争を知らない将軍だ。だから、「自分だったら、彼らをこのように犬死にさせないのに」と、死んでいった兵士たちを哀れに思っている。将軍は死者を掘り起こす。残された日記や頭蓋骨、人々の目の中から、次第に死者のざわめきが呼び戻されていく……。


 淡々と死者を掘り起こし続ける話だが、飽きがこない。将軍はあまりにも自然に――息を吸うように、水に浸るように死者の世界に飲まれていく。フリオ・リャマサーレスの『黄色い雨』 『狼たちの月』『タタール人の砂漠』、『ペドロ・パラモ』を思い出す読後感で、私の好みに合う。

 最初、「死者の軍隊」は将軍にとって「過ぎ去った時代の産物」で、自分のプライドを充足させるものでしかなかったに違いない。しかし、仕事中に一緒に働いていた男が死に、「死」が生々しいリアルなものとして眼前になだれ込んできた時、おそらく「生と死」の境界が決壊したのだと思う。

 将軍が自分の孤独を思い知るシーンが印象的だった。「婚礼」という明るい世界へ逃れようとする将軍を、骨たちは「俺たちを置いていくな」と呼び止める。将軍は呼びかけを振り切って婚礼に行こうとした。しかし「自分はこの美しい音楽がなる空間からは、どうしようもないよそ者なのだ」と、強烈なまでに思い知るのだ。


 「孤独」はいろいろな形があるが、「死の孤独」は一番シンプルで、すべての人の行き着く先ではないかと思った。死の孤独は深い青色をしている。群青の雨のようだ。人の生に、悲しく静かに降り注ぐ。

「雨も死もいたるところに……」(アルバニア人の諺)

イスマイル・カダレの著作レビュー:
「砕かれた四月」
「誰がドルンチナを連れ戻したか」
 

recommend:
フアン・ルルフォ『ペドロ・パラモ』…土の下でのひそひそ話。
フリオ・リャマサーレス『黄色い雨』…生きているのか死んでいるのか。