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『日はまた昇る』アーネスト・ヘミングウェイ

[それでいい]
Ernest Miller Hemingway The Sun Also Rises, 1926.

日はまた昇る (新潮文庫)

日はまた昇る (新潮文庫)

 これでいいのだ。恋人を旅立たせて、ある男と馴染ませる。次いで別の男に彼女を紹介し、そいつと駆け落ちさせる。そのあげくに、彼女をつれもどしにいく。そして電報の署名には“愛している”と書き添える。そう、これでいいのだ。ぼくは昼食を取りにいった。


 簡潔な文章を読みたくて、ならばとヘミングウェイを読んだ。いわゆるハードボイルド、「男の美学」がどうにも苦手で敬遠がちなのだが、この作品はさらりと読めた。

 性的に不能な男、ジェイクが主人公である。ジェイクは第2次世界大戦で性器を失った。そして彼が愛する女性ブレットは、性なしの生活に耐えられない奔放な女性であった。そしてブレットを取り巻く男たちは、友人でもあり、ライバルでもある。「Lost Generation失われた世代」と呼ばれる彼らは、交友と別れを繰り返しながら、パリやスペインの闘牛のフェスタで乱痴気に騒ぎ、万年祝日のような日々を過ごす。

 本書を読むなら、やはり彼らの会話を楽しみたい。「ああ、そうだね」「もちろんさ」、表層的な会話の繰り返しの中に、いい感じに悪態や悪口が投下される。ジェイクは口数少なく、人当たりがいい。ほとんど感情を出さない。しかし1人になると、饒舌に語りだして悪態を尽く。「うんざりだ、あいつらにはうんざりだ」とかなんとか。彼が自分の感情を見せるのは、黙々と酒を飲むときだけだ。本当にどうしようもなくやるせなくなったとき、愚痴を吐かずにジェイクは浴びるほどに酒を飲む。


 不能の男は、もしかしたら究極のハードボイルドなのかもしれない。「あんな女と付き合うのはもうたくさんだ」と思いながらも、それでも彼女への愛情を示す。だけど自分は彼女を満足させることはできないから、彼女が男と遊ぶのを横で見守る役に甘んじている。1人で生きていく男の美学と女性への愛が両立することは稀だが、この本はたぶんそれを成功させた。最終章のジェイクとブレットの会話は、非常に秀逸。
 失ったものを知りながら、それでも「これでいいのだ」と嘯いてみせる。まさにハードボイルド。村上春樹好きはこの本が好きなんじゃないかな、とふと思った。なんとなくだけど(というか、周囲の人間を見ていての直感)。生きることへの祝福を感じた作品。


アーネスト・ヘミングウェイの作品レビュー:
「老人と海」


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