キリキリソテーにうってつけの日

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『サロメ』ワイルド

[狂い酔え]
Oscar Fingal O'Flaherty Wills Wilde Salome, 1893.

サロメ (岩波文庫)

サロメ (岩波文庫)

あたしはお前の口に口づけするよ、ヨカナーン。あたしはお前に口づけする。

 恋した男の首を望んだ女の物語。あるいは赤い月夜の悲劇。
 聖者ヨカナーンに恋をしたサロメは、しかし彼に手ひどく拒絶される。一方で王エロドは義理の娘サロメに欲情し、踊るなら国の半分をやろうと誓いを立てる。サロメは舞を踊り、望んだものは「ヨカナーンの首」だった。
 強い濃密な原酒を飲んだ後のような読後感だった。ぐらぐらとくる。登場人物はあまり多くの言葉を語らない。彼らが語るのはひたすら自分の強い意思だけ。人の話など聞きはしない。
 サロメはヨカナーンを望み、ヨカナーンはサロメを罵った。王はサロメの踊りを望み、サロメは王の願いを退けた。誰もが狂ったように何かを望み、誰もが石のように何かを拒んだ。

エロド  …銀の皿にのせて、なにをお前はほしいといふのだ?言へ。なんでもいゝ、きつとそれを取らせる。
     おれの宝はことごとくお前のものだぞ。それは一体なんなのだ、サロメ?
サロメ  ヨカナーンの首を。
ロディアス  あゝ! よう言うてくれました、サロメ。
エロド  ならぬ、それはならぬ。

 言葉がふつふつと煮詰められていくようだった。同じ台詞が何度も繰り返されるのに、退屈に思わせない。むしろ反復されるたびに激情がむき出しになっていくから目が離せない。サロメと王の「首を」「ならぬ」「首を」「ならぬ」のやり取りは最たるものだろう。エメラルド、サファイヤ、月長石、紅玉など、色とりどりのきらびやかな宝石をことごとく譲ろうと王は申し出るが、サロメはただひとつ、血に染まった首の宝石だけを望み続ける。
 無駄がない。この簡潔さは驚嘆に値する。舞台のイメージは一面の暗い赤、首と月のモチーフが重なって、すべての人の望みは叶えられない。あと、結構びっくりなシーンもある。まず、ヨカナーンが「水槽」にいるという設定。なぜ水槽? あとヨカナーンの呪いっぷりがひどく、とてもではないがイエス・キリストに洗礼を与えた聖者とは思えない。
 「恋の狂気」をあまり先鋭化させたサロメの性格に共感できる人はほとんどいないだろう。しかしまったくお話にならないほどのこの不合理っぷりは、確かに恋の大きな要素ではある。

 原典の「新約聖書」では、サロメがヨカナーンの首を望んだのは、ヨカナーンを憎む母親にそそのかされたからだとしているが、ワイルドは動機を自分の願望に置きかえた。じつはそれはなかなかすごいことだったと思うのだ。「望むことの狂気」の理不尽さは、ヨカナーンの首に口づけするサロメのシーンに最高潮を迎える。ヨカナーンは神の言葉を伝える預言者だったが、サロメは自分の望みを予言して果たした。

あたしはお前の美しさを飲みほしたい。
あたしはお前の口に口づけしたよ。


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