『海潮音』上田敏
[謡う日本語]
上田敏が1905年に出版した訳詩集。明治時代の訳者は、日本の詩歌を踏襲した訳文を書いた。海外の作品でありながら、れっきとした日本の作品でもある。今ではできない芸当のひとつだと思う。
本書は57編、27人の詩人の作品を収める。内訳は、イタリア3人、イギリス4人、ドイツ7人、プロヴァンス1人、フランスは14人。フランスの象徴詩とダンヌンチオが多い。「落葉」など、教科書に載っていたなつかしい作品もある。
さて、気に入っている詩を一篇紹介しよう。ロバート・ブラウニング、イギリスの詩人による詩。
「春の朝」 ロバアト・ブラウニング
時は春、
日は朝、
朝は七時、
片岡に梅雨みちて
揚雲雀なのりいで、
蝸牛枝に這い、
神、そらに知ろしめす。
すべて世は事も無し。
春眠暁を覚えずのような、春の平和な雰囲気がすてきだ。春は、好き嫌いが分かれる季節かなと思う。T.S.エリオットみたいに、春好きじゃない詩人もいるのは分かるけど、ちょっとしょぼくれる。
最後の一文、原文は「All's right with the world」だが、これを「すべて世は事も無し」と訳せるところがすごい。この時代の知識人のセンスは本当に格好よいと、今でも思う。
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