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キリキリソテーにうってつけの日

海外文学/世界文学の感想ブログ。

『イン・ザ・ペニー・アーケード』スティーブン・ミルハウザー

アメリカ文学 ☆☆☆☆

[ぜんまい仕掛けの工芸品]
Steven Millhauser:In the Penny Arcade,1990.

イン・ザ・ペニー・アーケード (白水Uブックス―海外小説の誘惑)

イン・ザ・ペニー・アーケード (白水Uブックス―海外小説の誘惑)

そして彼はよく知っていた。十九世紀最後の四半世紀を覆いつくしている焦燥感と、ひそかな退屈とを。
(「アウグスト・エッシェンブルグ」より)


 ミルハウザーは、私が知る作家の中でも、際立って職人的である。彼の小説は「物語」というよりは「作品」と呼びたい。博物館の角にひそやかに飾られている、ぜんまい仕掛けの工芸品を思い出す。文章の一語一語はまるで銅製の小さな歯車のようで、組みあげられてかたり、と動き出す。精密な世界はこのうえなく美しい、しかし同時に世界はそこだけで閉じていて、孤独でもの悲しい。ロマンとノスタルジーの組み合わせは、下手をすれば陳腐になりがちなのだけれど、ミルハウザーはまさに職人技の筆致で端正に書き上げる。
 本書は三部構成である。個人的には、第1部と3部が好きだった。以下、各部の感想。


第1部「アウグスト・エッシェンブルグ」:
 19世紀後半のドイツ、天才的なからくり師の青年の物語。アウグスト青年は、すばらしいからくり人形を造ることができるが、しだいに人々に忘れ去られていく。彼らが興味があるのは、お尻の大きい女性の人形だった…。19世紀は、幻燈や映画などが登場した「光の時代」であり、また「大衆化の時代」でもあった。「手工芸の芸術品」から「量産の消耗品」へ移行する時代の、芸術家の孤独さと矜持を描いている佳品。いわゆる「大衆化」の権化のようなハウゼンシュタインと、芸術家としてしか生きられないアウグストの、お互いに見上げ見下しあうような友情?の揺れ動きが、物語に緊張感を生んでいる。ラストの美しさもすばらしいね。

第2部:
 「太陽に抗議する」「橇滑りパーティー」「湖畔の一日」の3編。1、3部に比べて幻想性は軽く、どれも日常の一編を切り取った作品だが、小さな「もの」への視点がやはりミルハウザー。この中では「湖畔の一日」が好きだ。ビール缶と月は、確かに不思議なハーモニーを奏でるように思う。

第3部:
 「雪人間」「イン・ザ・ペニー・アーケード」「東方の国」の3編。構築された幻想が、時おり鮮烈な眩しさをともなって明滅する。

十二歳の誕生日の夏、僕は八月の陽光から歩み出てペニー・アーケードの影の中へ入っていった。
(「イン・ザ・ペニー・アーケード」より)

 この書き出しが、少し色あせた風景、日常の影にひそりともぐりこむ子供の感覚に、私の記憶を巻き戻した。屋根裏や路地裏には、魔法のような魅力が確かにあったように思う。
 異国情緒に満ちた「東方の国」もいい。どこかにありそうでどこにもない幻想の国の描写は、シルクロードを渡る伝来品そのもののような雰囲気で、むやみやたらに美しい。

 言葉をじっくりと味わいたい一冊。雨降る夜に、光ひとつ灯した部屋の中で、時計の音に耳を澄ましながらでもどうぞ。


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