キリキリソテーにうってつけの日

海外文学/世界文学の感想ブログ。

『カフカの父親』トンマーゾ・ランドルフィ


[エキセントリックな想像力]
Tommaso Landolfi Il Babbo Di Kafka E Altri Racconti ,1930-46.

カフカの父親 (文学の冒険シリーズ)

カフカの父親 (文学の冒険シリーズ)


誰も知らない心の内や、事件の顛末を、ひそりと、奇想天外に暴いて見せる。イタリアのエキセントリックな作家が、想像力を躍らせた短編集。

カフカの父親』と聞いたら、カフカ好きは手をのばさずにいられない。しかも、『ゴーゴリの妻』も出てくるらしい。と思って読んでみたら、カフカのお父さんは『変身』に出てくるような巨大虫で、ゴーゴリの妻はゴム人形だった。人間ではなかった。なんてこった。

かなりシュールでエキセントリックな雰囲気を持つ作品が多い。あんまりイタリア人ぽくない作風だなと思っていたら、ランドルフィはロシア文学、ゴーゴリなどの翻訳やらをやっている人だった。なるほど、鼻が一人歩きするシュールなナンセンスさを、ランドルフィ作品にも感じたのだが、納得。あとは、ポーの系譜もあるのかな、と思う。シュールで奇妙、それでどこか突き放してくるような。
以下、各編の感想。気に入ったものには*。


「マリーア・ジュゼッパ」
いも女中をいじめる偏屈老人の手記。いじめて泣かせてののしって、しかもちっとも悪びれていないこのじいさん。ツンデレ?とも違うけど、愛着と苛立ちの葛藤みたいなのは分かる気がする。にしてもやり方ってものがあるような・・・似たような変人像は他の短編にも出てくる。ランドルフィの似姿なのかなと。

「手」
ねずみが犬に殺される。変人が何をもって奇怪な行動をとるか?の舞台裏みたいな話。この作品もそうだが、狂人の心のうちをのぞく話はけっこう多い。

「無限大体系対話」
でたらめな言語で詩を書いてしまったら?誰も知らない言語で詩を書いてしまった詩人が、評論家に自分の作品を認めてもらおうとする。芸術は誰のものか、自分は芸術家であると自称すれば芸術家であるか?ボルヘス的だけど、カフカ的でもある。

「狼男のおはなし」
月に我慢がならないので、月をさらって煙突で煤だらけにしてしまおう。これも狂人系?狂人と理性は、ランドルフィのテーマぽいが。

「剣」
なんでも切り裂ける、神話のような剣を手に入れた。圧倒的な力を手に入れた人間がすること。臆病と自負心が他者を傷つける、この激情描写がすさまじい。「この世でもっともいとおしいものを破壊したにすぎない」。

「泥棒」
泥棒が入り込んだ家の主人は、狂人だった。なんだかユーモラス。そんな馬鹿なと思う展開なのに、こうなるとしか思えない妙な納得もある。

カフカの父親」
表題作。巨大蜘蛛が出てきたが、その顔はカフカの父親のものだった。内面から迫る恐怖がふつりと切れて、暴力となる。『変身』を思わせるけど、こちらはあっという間に決着がついてしまう。カフカとは違う意味でぷっつんしている雰囲気。

「『通俗歌唱法教本』より」
声には、重さも色も形もあるらしい。架空の本からの抜粋。こう書くとファンタジーぽいが、声の重力で普通に人が死ぬらしいので、やっぱり不条理。

ゴーゴリの妻」
ゴーゴリの妻はゴム人形だった。微妙にゴーゴリの文学史(書き途中の作品を燃やした)などと絡めてあっておもしろい。変態性癖がばりばりに出ていて、なんかもう勝手にしてくれと言いたい。だけど、ゴーゴリの最後の決断と悲哀は、迫真だった。褒め言葉として、「クレイジー」を送りたい一作。

「幽霊」
幽霊ごっこで主人の伯爵をびびらせる輩が住む、いかれた館に忍び込んだ泥棒の目撃譚。銃弾が日常的に飛び交う屋敷ってどんなだ。ポーの「アッシャー家の崩壊」とかを思わせる。

「マリーア・ジュゼッパのほんとうの話」
これだけエッセイ的。架空の物語としての「マリーア・ジュゼッパ」、本当のところはどうだったか?現実が物語を追いかけたことの実例として。大丈夫かなあ本当に、この人。

「ころころ」
殺人者が、自殺の工作をするために、10分間えんえんと悩み続ける話。脱線しまくる精神的回路(思考ではない)と時間との戦い。ぐだぐだ考えずにとっとと行動すればよかったのに、貴重な時間を無駄にした。人生ってこういうものですよね、という皮肉がきいている。

「キス」
誰もいない暗闇で、キスをされる。より重く、より深く。そして命はけずられる。・・・追い詰められる心理描写がすごい。狂人を書くのが本当にうまい。

「日蝕」
日蝕を見ながら、とてつもなく髪の長い女性に裸になってくれと頼む。シュルレアリズムのような、奇妙な絵画のような印象を放つ。意味不明なのに、強烈にまぶたの裏に残る。彼女が好きか?イエスでもあり、ノーでもある。

「騒ぎ立てる言葉たち」
言葉が、自分の意味がいやなので、交換したいと騒ぎ立てる。ユーモラスなナンセンスさ。やりイカの意味になればいい、てのは名台詞。


ランドルフィ、狂人を書かせたら、なかなかたいした作家だと思う。「文学の冒険」シリーズは、あとからじわじわとくる作品が多い。ポー、カフカゴーゴリ好きはぜひ。


recommend:
ゴーゴリ『外套・鼻』…この時代に、なんてものを書くんだこの作家は。
>ポー『アッシャー家の崩壊』『黒猫』…ポーの奇妙な引力がたまらない。
カフカ『変身』…巨大な虫になっているのを発見した。