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キリキリソテーにうってつけの日

海外文学/世界文学の感想ブログ。

『生埋め ある狂人の手記より』サーデグ・ヘダーヤト

[死を思え]
Sadegh Hedayat Zende Be Gur , 1930.

生埋め―ある狂人の手記より (文学の冒険)

生埋め―ある狂人の手記より (文学の冒険)


 「真に重大な哲学上の問題はひとつしかない。自殺ということだ」。
 かつてカミュは、自ら死ぬことについてこう述べた。はたして、偶然生まれた意味を持たないこの生は、生きるに値するか? 多かれ少なかれ作家というものは、銃口をこめかみに当て、縄の結び目に首を通しながら、この問いが示す一線の淵をさまよっているように思う。
 イラン生まれの死にたがりの作家は、死にたがる男の話を書いて、自分もまた自分の作品と同じ道をたどった。


 厭世観と自殺に彩られた、現代イラン作家による短編集。イランの現代文学はどんなものだろうとおっかなびっくり読み始めたけれど、意外にすんなり読めた。おそらく語り口や構成がヨーロッパ風であったということ、ゴシックホラーな雰囲気になじみがあったからだと思う。
 読んでいて、フエンテス、芥川や太宰を思い出したけれど、ヘダーヤトはもっと息がつまる。「生きることが苦痛だ」という著者の心情がひしひしと伝わってくるのだが、文章のタッチは繊細で緻密なので、知性ある仕上がりになっている。
 以下、各編の感想。気に入ったものには*。


「幕屋の人形」
 女性恐怖症の坊ちゃんが、異国で買ったマネキンに入れ込む話。こういう家庭事情だったらさもありなん、という感じ。ゆがむよね……。

「タフテ・アブーナスル」
 遺跡から掘り出したミイラを、蘇らせてみたら。かなり伝承的な物語。夜の砂漠とミイラと恋心。幻想的な美しい作品。ペルシャの雰囲気が味わえる。

「捨てられた妻」
 捨てられた妻が、はるばる夫まで会いにいくけれど。最後の心情の変化、まるでスイッチを切り替えるような手さばきが見事。職人芸だねこれは。イスラム圏の女性の無邪気さと残酷さ。フローベールの『ボヴァリー夫人』を髣髴とさせる作品構成かと。

「深淵」
 親友から、妻と娘に対して遺産が贈られる。いったいなぜ?疑心暗鬼にとりつかれて、すべてはご破算。覆水盆に返らず。あーあ。

「ヴェラーミーンの夜」
 死んだら霊はどうなるか?霊魂に関する、西洋思想とペルシャ思想の対話。楽器と夜が奏でる、ペルシャ幻想。

「生埋め―ある狂人の手記より―」
 日記につづられる、生きることへの辛さと呪いと狂乱。おそらくもっとも自伝的な作品。ヘダーヤト自身もフランスで自殺している。「生きながらにして埋められている」、死者にあこがれるその心。ああ、息がつまる。

「S.G.L.L.」
 うーんこれは微妙。いわゆるディストピア小説で、オーウェル的。書かれた時代を考慮するべきなんだろうけど。ハイヤームを使ってくるあたりはさすがイラン知識人。しかし、ハイヤームは「自殺」とは縁遠い人だと思うんだけどな? 訳文しか読んでいないから、イランの人に対してそこらへんは非常に言いづらい……。


 読んでいてあらためて思うのは、ハイヤームの『ルバイヤート』は読む人によって多様な見方をされる作品なのだなあということ。私にとって『ルバイヤート』は、「今を生きろ、死を思え」という悲楽観思想だけど、ヘダーヤトにとっては厭世観と自殺に結びついている。「カーペ・ディエム」も「メメント・モリ」も、表裏一体、向かう先はどちらにせよ一緒だと思うのだけどね。

 それぞれの方向にねじくれた心理描写を繊細に描くのが非常にうまい作家だと思う。心理小説が好きな人におすすめな作品。


recommend:
オマル・ハイヤーム『ルバイヤート』…この世を楽しめ!
カズオ・イシグロ『わたしを離さないで』…淡淡とした心理描写。
フローベール『ボヴァリー夫人』…心の揺れ動き。