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キリキリソテーにうってつけの日

海外文学/世界文学の感想ブログ。

『誰がドルンチナを連れ戻したか』イスマイル・カダレ

東欧文学 ☆☆☆

[誓いは果たされる]
Ismail Kadare Qui a ramene doruntine? 1986.

誰がドルンチナを連れ戻したか

誰がドルンチナを連れ戻したか

いかなる国、いかなる時代にあっても、そしていかなる人の身に起きたことであれ、結局は多かれ少なかれ物語なのだから。


 遠い国に嫁いだ娘、ドルンチナが、故郷の町に突然帰ってくる。まったく音信不通だったドルンチナを、いったい誰が連れ戻したか?ドルンチナは答える。「兄のコンスタンチンよ」と。しかし、コンスタンチンは何年も前に死んでいる。…

 アルバニア作家が描く、中世アルバニアを舞台とした「誓い(ベーサ)」の物語。コンスタンチンはかつて、「母が望む時にはいつでも、ドルンチナを連れ戻す」という「誓い」を立てた。「誰がドルンチナを連れ戻したか」という謎に対して、警部ストレスが挑んでいく。

 これは伝説がどのようにして生まれたかという起源の物語だ。ミステリ要素がふんだんにあるのだけれど、民俗伝説らしい不確かさが常に事件のまわりで浮遊している。誓いが支配する世界、「もうひとつの世界」が、警部の現実主義(とはいっても、私情はさみまくりの調査なので、なんともへろへろではあるが)の世界とぶつかりあって火花を散らす。教会や大公による圧力などの政治的問題もからんで、話はふくれあがって、最後に破裂して収束する。
 「誓い」は守られたのか否か?
 死者が墓石を越えるほどの「誓い」とはなにか?

 事件にまつわる重要人物が、初期にほぼ全滅し、しかも証言はまったくかみあっていない。なんとなく、芥川龍之介の「藪の中」を思い出した。ミステリの謎によって、最初から最後までぐいぐいとひかれるのだが、死者が最初から最後まで容疑者から外れないあたりが、まったくアンチ・ミステリでおもしろい。

 ここで書かれる「誓い」は、数百年後の物語『砕かれた四月』の「掟」につながっていくのだが、もともと「誓い」は、誇りのために生まれたというのが、『砕かれた四月』を先に読んだ者としては、なんとも苦い。(『砕かれた四月』にも、ドルンチナ伝説に対する言及がある)

 『ドルンチナ』は『砕かれた四月』とセット読みで、どちらかといえば『ドルンチナ』が先に読む方をおすすめ。カダレもまた、いくつかの著作によって、大きなひとつの物語を作り上げていくタイプの作家なのだろうと思う。私はそういうタイプの作家にめっぽう弱い。池澤夏樹の世界文学全集3期には、ぜひぜひカダレを入れてほしいものだ。

 「気高さ」と「誇り」は、等しく生者とともに、死者とともに。


イスマイル・カダレの著作レビュー:
『砕かれた四月』


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