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キリキリソテーにうってつけの日

海外文学/世界文学の感想ブログ。

『ペテルブルグ』アンドレイ・ベールイ

ロシア文学 ☆☆☆☆

[幻影の都市]
Андрей Белый Петербург,1916.

ペテルブルグ〈上〉 (講談社文芸文庫)

ペテルブルグ〈上〉 (講談社文芸文庫)


ペテルブルグ (下) (講談社文芸文庫)

ペテルブルグ (下) (講談社文芸文庫)

走り去る大通りの無限があり、それとともに走り去る交差する幻影の無限がある。全ペテルブルグがn乗された大通りの無限なのである。ペテルブルグの向こうには――何もない。


ペテルブルグは四次元なのだ。地図の上には記されてはいない。点で記されるにすぎない。だがこの点は、存在の平面と、巨大な星気体の霊的宇宙の球体表面との接点なのだ――。


ペテルブルグ――それは夢である。

 20世紀ロシアを代表する作家による、ペテルブルグ文学。

 ペテルブルグは、いつも霧が立ち込める、幻影の都市である。自然環境としては、あまり都市向きではなかった沼地に、ピョートル帝が多くの犠牲を払って作り上げた。ペテルブルグはエルミタージュ美術館など、ロシア芸術の都として有名だが、文学的にも魅力ある都市だったようで、ロシアの名だたる文豪が、「ペテルブルグ文学」を書いている。
 本書で描かれる「ペテルブルグ」では、赤いドミノを着た男が徘徊し、テロと陰謀が渦まき、幻が現われては消える。いったいどういう都市なんだと、いやがおうにも想像力は踊る。

 長かった!そして翻弄された。そもそも、ナボコフが『ユリシーズ』『変身』『失われた時を求めて』とともに、20世紀初期を代表する傑作としてあげたということからして、きなくさい。『ロリータ』なんてぶっ飛んだ小説を書いてしまったナボコフが褒めちぎる作品で、しかも並んでいるほかの作品が作品である。ある程度の覚悟はしていたが、予想にたがわず、いろいろ飛んでいる話だった。


 あらすじについて。700ページ近くあるぶ厚い物語だが、基本的には一昼夜の出来事を描いている。幻の都市ペテルブルグで、テロが計画される。主人公ニコライのもとにいわしの缶詰が届けられるが、それはじつは爆弾で、標的はニコライの父アポローンを暗殺するためのものだった。「父殺し」との葛藤に震えながら、しかし時限爆弾のねじは巻かれていく…。

 物語の大枠は、この「爆弾」と「陰謀」なのだが、そこに絶えずペテルブルグの幻想が割り込んでくる。騎士の像がうろつき、「エンフランシシ」というまったく意味のない記号から幻影の人間が生まれ、テロの計画は誰がたてたのかがあいまいになっていく。主人公は主人公で、いかにもおぼっちゃまの文学青年らしく、どことなく神経質で頼りない。赤い仮面をつけて街をうろつき、好きな女性の前でずっこけて、ズボンのひもが見えてしまい、幻滅される。父親は父親で、ニコライを愛したり軽蔑したり、「頭脳の戯れ」をしたりと忙しい。


 ペテルブルグという異様な都市が、人も頭脳も物語も飲み込んで、膨大なテキストとして流れ出てできたような作品。重層世界、多重読解、幻想文学に、ある程度慣れている人向けの本かと思う。ブルガーコフ『巨匠とマルガリータ』で、ロシアの幻想文学に驚かされ笑わされたが、本書も負けず劣らずやってくれる。ブルガーコフが「魔術的で乱稚気騒ぎ」なら、ベールイは「幻想的でぼかされる」雰囲気か。

 幻想の都市に彷徨う、境界が分からなくなる、時限爆弾の針は止まらない。


recommend:
ペテルブルグ文学、そのほか。
ゴーゴリ『ネフスキー大通り』・・・ペテルブルグの大通り。
トルストイ『アンナ・カレーニナ』・・・ペテルブルグの社交界。
プーシキン『青銅の騎士 ペテルブルグの物語』・・・本書にも幻影として登場。
ブルガーコフ『巨匠とマルガリータ』・・モスクワでやりたい放題。