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キリキリソテーにうってつけの日

海外文学/世界文学の感想ブログ。

『ムントゥリャサ通りで』ミルチャ・エリアーデ

東欧文学 ☆☆☆☆

[饒舌と脱線]
Mircea Eliade Pe strada Mântuleasa, 1968.

ムントゥリャサ通りで

ムントゥリャサ通りで


 いつまでたっても話の核心に近づかず、かと思えばあっというまに詰め寄ってみせる。ものを語ることのおもしろさがつまった、ルーマニアの宗教学者による幻想小説

 この話はおもに「供述」からなる。ムントゥリャサ通りの小学校・校長が、ひょんなことから秘密警察につかまって、取調べを受ける。この校長、ファルマの語りっぷりが尋常でなくすごい。しゃべりだしたら止まらない。話はとめどなく脱線し、一人のことを話すために200年前までさかのぼって話しだす始末。身長が2メートル40センチある女性の結婚話から、別世界へ通じている地下室、偉大なる魔術師まで、幻想的でわくわくするような話があふれ出る。一方で、秘密警察は、校長のこのとめどない話に、ルーマニアの政治的問題が絡んでいると見て、えらい人も真剣に話を聞いている。

 できる限り手を広げ足を広げて、物語を展開したがる校長と、できる限り話を要約したがる政府側の人間の対比がゆかい。語り手は神話的に、聞き手は政治的に、物語を解釈する。人は、自分が聞きたいように話を聞き、聞きたいところ以外は聞こうとしない。物語の持つ、ある本質について、本書はくっきりした対比で提示してみせているようだ。

 おじいさんの荒唐無稽な話に笑っていたら、気がついたらよく分からないところへ連れて行かれそうになる。電車に乗っていたはずが、いつの間にか脱線して炭鉱場のトロッコに乗っていた、みたいな不思議な読後感。

 真上に放った矢は、飛んだまま帰ってこない。脱線とぶん投げと謎解きを愛する人に。


recommend:
しゃべりまくる話、もしくは脱線する話。
ドストエフスキーカラマーゾフの兄弟』・・・兄弟みなそろって饒舌。
チェスタトン『木曜日だった男 一つの悪夢』・・・途中でよくわからなくなる。
ポール・オースター『シティ・オブ・グラス』・・・探偵だったはずなのに?